昨年度までの3年間の研究によって、キヌハダモドキGymnodoris citrinaが性的共食い(sexual cannibalism)を行うことを確認した。配偶行動中に配偶相手を捕食する性的共食いは、これまでカマキリ、コガネグモなど雌雄異体の陸上節足動物のみで知られていたが、本研究によって初めて、同時雌雄同体の海産軟体動物であるウミウシ類も行うことが確認された。しかし、陸上節足動物の例では、発生率が10-20%で、捕食される側の雄も配偶相手の産卵数を増やせることで繁殖成功を上げているのに対して、キヌハダモドキ成体では発生率が100%であるにも関わらず食う側も食われる側もそれほど繁殖成功を上げる結果になっていないため、カマキリなどのような最適戦略であるとは考えられない。そこで、最適戦略以外の原理に基づいた行動ではないかと考えて、害他行動 (spiteful behavior)戦略や進化的安定戦略(evolutionary stable strategy)に基づいているのではないかと考えて検討してきたが、いずれの解釈でも矛盾が生じていた。本年度の8月に開催された日本動物行動学会大会でこの結果を発表したところ、数理生態学者の高橋智奈良女子大学准教授から、「基本的に進化的軍拡競争(evolutionary arms race)の結果ではないかと考えられるが、特別な条件下では進化的安定戦略になっている可能性がある」との示唆を受けた。そこで、高橋准教授と共同でさらに検討を重ねたところ、キヌハダモドキではこの特別な条件(闘争相手からの攻撃によって負傷しない)が満たされていて、それによって、同属内でも本種だけが性的共食いを行うことも説明できると判明した。
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