熱帯地域における集約的畑栽培の低収要因を探るため,日本とフィリピンにおいて,同一の品種・栽培概要でイネを水田環境と畑環境で3年間にわたって栽培し,その生育を比較した.畑環境では日本で9t/ha,フィリピンでも7t/haを超える多収を達成しており,適切な環境が整えば集約的畑栽培の収量は水田と同等レベルであることが確認された.一方で,フィリピンでは3作期中2作期で畑環境の収量が有意に水田環境のそれを下回った.収量は成熟期での窒素吸収量に規定されており,特に栄養生長期(播種から幼穂分化期)までの窒素吸収速度と成熟期の窒素吸収量・収量の間にはそれぞれの地域において有意な正の相関関係が認められた. 土壌溶液中の窒素濃度の推移をみると,フィリピンでやや低く推移する傾向にあった.しかし,生殖生長期(幼穂分化期から出穂期)のフィリピンの畑区の窒素吸収速度は無施肥条件でも0.10g N/m2/dと日本よりも高く,施肥条件では0.30g N/m2/dと過去の水田条件を含めたイネの多収事例と比較しても極めて高い値を示していた.このことから,土壌からの窒素供給はフィリピンにおける畑栽培稲作の収量制限要因ではないと考えられた.一方で,フィリピンの土壌は水ポテンシャルが低下しやすかった.また灌水後速やかに土壌が硬くなりやすく,灌水後3日も経過すると土壌表層の硬度が2 MPa程度にまで達した.そのため,実際の栽培でも2日に1回の灌水を行っていた.一方の日本では気温の低い生育初期には1週間程度灌水しなくても水ポテンシャルも低下せず,土壌も硬化しにくかった.このようなフィリピンの畑栽培における過度の灌漑が,根張りの悪い生育初期に土壌から発現した窒素の系外への流亡を促進したと考えられた. 同地域の安定多収には生育初期の効率的な水・窒素管理が求められることが明らかになった.本成果は国際誌に投稿中である.
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