研究実績の概要 |
環境中でヒ素は、主に5価のヒ酸と3価の亜ヒ酸として存在する。還元条件ではヒ酸がある種の嫌気性細菌に還元されて亜ヒ酸となり、液相に溶出する。現在、東アジアなどでは地下水のヒ素汚染が深刻で、多数の人々が慢性ヒ素中毒に晒されている。既往研究より、鉄還元細菌Geobacterのヒ素溶出への関与が示唆されているが、ヒ酸還元能を有するGeobacterの分離例はなかった。申請者は最近、国内水田土壌からヒ酸還元能を有するGeobacter OR-1株の分離に成功した。本研究では、OR-1株を「ヒ素溶出能を有するモデルGeobacter属細菌」と位置づけ、OR-1株がヒ素存在下で発現するタンパク質群の同定(プロテオーム解析)、ヒ素代謝遺伝子群(arr, ars)の発現解析(qRT-PCR)、異化的ヒ酸還元酵素(Arr)の活性測定等を行った。 ヒ酸とフマル酸生育条件下でのプロテオーム解析において、それぞれ985個と831個のタンパク質が同定された。ヒ酸呼吸条件下では、ArrABが高い発現量を示し、Mo因子生合成系やArsAの発現上昇も見られた。また、抗酸化酵素、ストレス応答タンパク 、folding関連タンパク、分子シャペロンなどの発現上昇も確認された。ヒ酸呼吸時には、リン酸輸送体の発現上昇が見られ、硫黄代謝経路の活性化、特にthiol基の再形成に関わる酵素が発現上昇していた。またmRNAを抽出しRT-qPCRを行った結果、ヒ酸呼吸条件下においてarrAの発現量が約37倍に上昇していた。さらに静止菌体を用いたArr活性測定より、ヒ酸呼吸条件下において7.6倍の酵素活性が認められた。以上の結果から、OR-1 株は高濃度のヒ素に曝露されることで、異化的ヒ酸還元酵素を中心として、抗酸化酵素、分子シャペロンなどを協調的に発現上昇させ、ヒ素耐性を獲得することが示唆された。
|