窒素固定を行う生物種は、細菌のいくつかの分類グループに散在する。放線菌に属するフランキアは、理解のよく進んでいるプロテオバクテリア等の窒素固定種とは異なる特徴を持つ。例えば、窒素固定専用の構造体(ベシクル)を分化する、窒素固定遺伝子の発現調節機構が異なる、樹木と共生する、などである。本研究ではこれらの形質に関わる遺伝子を順遺伝学的に同定することを目的とした。 独自に開発した手法を用いて、窒素固定が行えないフランキアの変異株を約50単離した。約20株についてはより詳細な解析を行い、窒素固定遺伝子が発現できない、ベシクルの数やサイズ・膜厚が減少している、宿主樹木(モクマオウ)と共生できない等、さまざまな表現型を示す変異株が見つかった。フランキアで窒素固定変異株が単離されたのは初めてであり、このような多様な変異表現型もこれまで観察されたことはなかった。変異原因遺伝子を同定することで、新規な機能を持つ遺伝子が発見できると期待している。 変異原因遺伝子を同定するために、変異株の細胞集団から復帰変異株を単離培養した。ゲノム解析を行って、変異株には存在するが、復帰変異株は持たない変異を検索した。その結果、2株については原因変異を推定することができた。1つ目の株では変異はNAD合成酵素遺伝子中に存在した。この変異株はモクマオウとの共生能も失っていた。この遺伝子が変異すると低アンモニア条件で生育ができなくなることが大腸菌などで報告されていた。2つ目の株では、PIIウリジルトランシフェラーゼ遺伝子中に変異が存在した。この遺伝子はモデル窒素固定細菌であるKlebsiellaで、アンモニアに応答した遺伝子発現制御に関わっている。この変異株はベシクル形成が全く行えなかったことから、窒素固定の普遍的な制御因子が、ベシクル形成というフランキア特有の形質をも調節するという興味深い知見が得られた。
|