研究課題/領域番号 |
26450192
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研究機関 | 三重大学 |
研究代表者 |
松尾 奈緒子 三重大学, 生物資源学研究科, 講師 (00423012)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 塩ストレス / 塩の回避 / 葉の露吸収 / 匍匐枝 / 主根と不定根の機能 / 水の再分配 / 乾燥地植物 |
研究実績の概要 |
平成26年度は1)塩ストレスと葉の酸素安定同位体比の関係を調べる塩水実験,2)塩回避に関わる吸水様式を調べる重水実験,3)指標の野外適用のための予備調査の3課題に取り組む予定であった。しかし,メヒルギの苗木が枯死してしまい1)の実験を中断したため,2)の実験を三重大学構内の温帯性広葉樹の成木と他大学所有の乾燥地植物の苗木を用いて行った。また,1)と2)の変更により3)は行わず,平成27年度に現地本調査を行うこととした。 2)として行った2つの実験の概要を以下に記す。塩類集積地の植物はしばしば地下水や露など塩分濃度の低い水を利用することで塩吸収を回避する。そこで2)の実験1として,葉からの露吸収の有無や経路を調べる重水トレーサー実験を行った。三重大学構内に生育する温帯性広葉樹であるスダジイ等の葉を夜明け前に採取し,明け方の葉面結露を想定して葉の向軸側,背軸側,両側に重水を噴霧,または葉全体を重水に一定時間浸した。重水を与えた前後の重量変化と葉内の水に占める重水の割合から,気孔が閉じている夜明け前の葉において裏面から吸水すること,鱗毛が吸水を助けていることが示唆された。次に実験2として,乾燥地植物に多い匍匐性植物の吸水様式を調べる重水トレーサー実験を行った。岡山大学農学部において臭柏の苗木の主根と不定根を別のポットに植栽し,無降雨期間を想定して不定根側のみ灌水を停止した後,主根側に重水を与えた。苗木の各部位や土壌の水に占める重水の割合から,不定根から土壌浅層の水を吸収できない場合は主根から吸収した土壌深層の水を匍匐枝先端に供給すること,夜間に湿潤な土壌深層から乾燥した土壌浅層へと主根・不定根を介した水の再分配が行われていることがわかった。この水の再分配は土壌浅層の塩分濃度を低下させる可能性がある。 以上の二つの実験により,塩回避と関係のある吸水様式を把握する実験方法が確立された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
三重大学のガラス室においてメヒルギの苗木を用いた塩水・重水実験を行う予定であったが,用意した苗木をすべて枯死させてしまった。この原因として当ガラス室には温度調節機能がなく,夏季に高温になりすぎたことが挙げられる。ガラス室内で実験を行う理由は,重水をトレーサーとして吸水経路や植物体内の水動態,植物-土壌間の水動態を明らかにするには安定同位体比が大きく変動する天水がポット内に入ることを避け,安定同位体比がほぼ一定である水道水で苗木を育てる必要があるためである。したがって,高温を避けるため苗木をガラス室外に出すことができなかった。 そこで当初の予定を変更し,岡山大学ビニールハウス内で育てた乾燥地植物の苗木を使用させていただき,匍匐性植物の吸水様式を解明するための重水実験を行った。さらに,天水の影響は受けるが苗木よりも葉数がはるかに多く,実験試料を多く得られる三重大学構内の温帯性広葉樹を用いて葉からの吸水量や経路を解明するための重水実験を行った。これらの実験を行う際に,灌水停止期間や重水付加期間,重水の安定同位体比,葉面への噴霧方法,葉面に残る水の除去法,別経路からの水の浸入防止法等の検討を行った。 苗木が夏季に枯死した後に代わりの実験を開始し,結果が冬に出揃ったため,指標を野外の植物に適用するための現地予備調査を行うことができなかった。しかし,平成26年度に行った実験の結果から,塩回避と強く関係する吸水様式を解明することができ,また野外の植物に適用するための実験方法を確立することができたので,平成27年度に現地本調査を行うこととした。
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今後の研究の推進方策 |
今後は1)乾燥地植物の複雑な形状の葉による露の吸収の有無や経路の解明(重水トレーサー実験),2)湿潤土壌層から乾燥土壌層への根を介した水の再分配量の推定(重水トレーサー実験),3)塩・水ストレスが葉の酸素安定同位体比に及ぼす影響の解明(現地調査)に取り組む。 1)平成26年度の温帯性広葉樹を用いた実験により確立した手法をより複雑な形状を持つ乾燥地植物に適用する。平成26年度と同デザインの実験では葉の隙間に入り込んだ重水の除去が難しいと予想される。この隙間の水と葉内に入った水をどう分離するかが課題である。したがって,枝についたままの葉に水を噴霧した後の水ポテンシャルや長期間明け方に重水を噴霧した後に葉のセルロースの安定同位体比の測定も併せて行い,露吸収の有無を確認する予定である。 2)平成26年度の実験により確認された湿潤土壌から乾燥土壌への根を介した水輸送は塩類集積しやすい土壌浅層の塩分濃度を低下させる効果があると考えられるため,その割合を推定する。そのため重水を付加しない対照実験を追加し,また土壌水や水道水等のサンプル数を増やす。 3)平成26年度,苗木の枯死により中断した課題である。当初は苗木に塩水を与え,気孔コンダクタンスや葉の細胞構造の変化が葉の中の水とセルロースの酸素安定同位体比に及ぼす影響を明らかにする予定であった。しかし,葉数が少ない苗木では塩水付加前に展開した葉と付加後に展開した葉を区別して分析するのが困難であり,ストレスの程度が強すぎると枯れてしまいさらに試料数が減ってしまうという問題があった。したがって,中国内蒙古自治区・毛烏素砂漠において土壌水分・塩分条件を測定し,在来植物を対象として葉内の水とセルロースの酸素安定同位体比,気孔コンダクタンス,葉の細胞胞構造を測定し,それらの関係が既存の理論で説明できるのかを調べる。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初は実験の成果を乾燥地植物に適用するための現地での予備調査を9月頃に行う予定であったが,夏季のガラス室温上昇による苗木の枯死により,実験の開始が遅れてしまった。乾燥地植物の活動期間は限られており,その時期を逃してしまった。したがって,現地での予備調査を次年度に延期することにした。
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次年度使用額の使用計画 |
8月下旬から中国内蒙古自治区毛烏素沙地に現地調査に行く。この調査は予備調査ではなく,本調査とするため,前年度の予算とあわせて2名の学生とともに当初の予定より長い期間現地に滞在し,観測を行う。
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