研究課題/領域番号 |
26450200
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
津山 孝人 九州大学, (連合)農学研究科(研究院), 助教 (10380552)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 光合成 / 針葉樹 / 裸子植物 / 被子植物 / 酸素 |
研究実績の概要 |
針葉樹・裸子植物は葉緑体チラコイド膜における酸素還元(Mehler)反応の能力が被子植物よりも10倍高い。本研究では、裸子植物の高い酸素還元能の分子メカニズムを解明し、生理学的および生態学的意義を明らかにすることを目的としている。 酸素還元反応の解析における最大の障壁は、同反応を非破壊的に且つ簡便に調べる方法がないことにある。我々は、被子植物と裸子植物とは飽和光パルス照射後のクロロフィル蛍光の減衰に明確な違いがあることに着目し、クロロフィル蛍光法を応用した酸素還元反応の能力の評価法を開発した。 酸素還元能を様々な種類の植物で調べることにより、被子植物においても酸素還元能が例外的に高い種があることが分かった。また、現生の被子植物で最も原始的であるとされるAmborella tricopodaを用いて酸素還元能を解析し、被子植物の酸素還元能の基準値や多様性を検討している。 高等植物において酸素還元反応は非酵素的に起きると考えられている。一方、藍藻Synechocystis sp. pcc 6803において酸素還元反応は酵素Flavodiiron protein1および3(Flv1およびFlv3)によって触媒されることが明らかにされている。裸子植物は高等植物であるが、被子植物と異なり酸素還元能が高い。裸子植物の酸素還元反応が被子植物と同様に非酵素的な反応か、または、酵素によって触媒されるかは不明である。この点について、生理学的および分子生物学的な解析を行っている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
酸素還元能の迅速評価法はほぼ確立できた。飽和光パルス消灯後のクロロフィル蛍光の減衰は、二つまたは三つの成分からなる指数関数で近似できることが分かった。各成分の相対的な量子収率を比較した結果、裸子植物は速い減衰の成分が最大で、被子植物は遅い成分が最大であった。酸素への電子伝達を促進する光合成阻害剤(methyl viologen)を用いた相対的量子収率の解析、および、相対的量子収率の酸素濃度依存性の解析により、酸素依存電子伝達の新たなパラメーターとして速い減衰成分の相対的量子収率を提唱した。 針葉樹葉緑体チラコイド膜における酸素還元反応のメカニズムについては、藍藻における報告を基に、Flavodiiron proteinの関与を解析している。藍藻のFlavodiiron protein 1欠損株を作成し、同タンパク質のスギのホモログを導入する。これにより、藍藻で明らかにされているFlavodiiron proteinの生理機能が欠損株で回復するか調べる。表現型の相補が確認された場合は、同様の手順でFlavodiiron protein 3のスギホモログの機能解析を行う。 上記の欠損株は、本課題で確立を目指していた新規パラメータの検証にも使用している。酸素還元能を欠く欠損株において蛍光減衰の相対的量子収率を解析し、速い減衰の成分が失われていれば、同パラメータの最終的な証明となる。
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今後の研究の推進方策 |
裸子植物における酸素還元反応のメカニズムの解明に向けた上記の形質転換と平行して、針葉樹の酸素還元反応の全体像や背景についても検討を行う。Flavodiiron proteinが酸素還元を触媒する際は活性酸素は生成せず、酸素は水へと直接還元される。一方、酸素還元が非酵素的に反応が進行する場合は活性酸素が生成するが、活性酸素は各種抗酸化酵素および抗酸化剤により水へと還元される。ここで想定される抗酸化酵素はSuperoxide dismutase (SOD)やAscorbate peroxidase (APX)である。つまり、Flavodiiron proteinが関与する場合は、SODやAPXの役割は必要ではなくなる。しかし、これらの代表的な抗酸化酵素が葉緑体で役割を持たないことは非常に考えにくい。Flavodiiron proteinの関与が確かめられた場合は、非酵素的な酸素還元の有無および関連する抗酸化酵素の生理的意義を再検討する必要がある。以上のように、酸素還元にFlavodiiron proteinが関与するか否かは、針葉樹の酸素還元反応の全体を考える上で重要な問題となる。 酸素還元能の迅速評価法の応用も模索する。被子植物は一般に酸素還元能が低いが、その能力には種間差が大きく、育種対象形質としての可能性を秘めている。200種以上の被子植物において酸素還元能を広く調べたところ、突出して高い酸素還元能を持つ種を見出すことができた。このメカニズムを明らかにし、有用植物・樹木の選抜育種への利用を検討する。
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次年度使用額が生じた理由 |
遅延蛍光の測定による酸素還元反応の解析には強光の白色LEDの導入など測定機器の改良が必要であった。この改良は現状では難しかったため、この実験は新規の植物試料や形質転換などで対応することにした。一方、藍藻で酸素還元反応に関わる因子が報告され、生理的意義も報告された。これに対応するため、針葉樹における分子生物学的解析を優先して行うこととした。
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次年度使用額の使用計画 |
合成DNAや抗体(SODやAPX用)など分子資材の購入に充てる。本課題で開発した手法を最大限に活用することで、上記の研究計画の修正に対応する。そのための消耗品(標準ガスなど)および植物培養棚を購入する。生物地理学的な観点から九州と北海道の樹木における酸素還元能の比較にも着手したい。
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