本研究は、海洋生態系における生物地球化学的物質循環プロセスの一つとして、水圏での非生物態有機物(溶存有機物、非生物態粒状有機物)の分解・変質・変換過程の実態に関する情報を得ることを目的とした。従来、海水中での有機物分解(分子変換)は従属栄養性細菌が担っていると考えられているが、実際に関与する微生物群やそれらの有機物分解能についての詳細は、必ずしも明らかではない。研究代表者はこれまでの研究成果から、海洋において、従属栄養細菌のほかに、真核微生物(主として原生生物)のなかにも海水中での非生物態有機物の分解・分子変換に関与しているものがいることを想定し、その実態を捉えようと本研究に着手した。 本研究課題では研究期間を通して、海水中の従属栄養細菌群集の有機物分解能の詳細な情報に加えて真核微生物の細胞外有機物分解能に関する情報を得るため、微生物の分離株または海水中の天然微生物群集を用いた実験、および関連の現場調査を実施してきた。その結果、細菌(原核微生物)だけでなく真核微生物である繊毛虫類やラビリンチュラ類のなかにも、高い細胞外有機物分解能を持つものがいることが分かった。 加えて最終年度には、天然微生物群集を含む海水に生物遺骸有機物として動物プランクトン遺骸を添加し、系内での遺骸有機物の分解の様子とその分解に関与する微生物群の変遷を追跡する実験を行った。このうち、ミズクラゲ遺骸を添加した実験系の微生物群の観察において、遺骸添加直後から水中の従属栄養細菌数が激増したが、数日後に細菌数はいったん減少し、同時に直径数マイクロメートルの真核微生物が大量に観察された。本実験では、残念ながらこの真核微生物の種同定には至らなかったが、同時に水中の細胞外プロテアーゼ活性のプロファイルにも変化がみられることなどから、異なる生物群による段階的な有機物分解過程がある可能性が示唆された。
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