小型鯨類(イルカ類)を対象として,腸での栄養吸収機構および熱の産生と保持の機構について研究を行い,以下の成果を得た.1.追い込み漁で捕獲されたバンドウイルカの腸管を用いて,RNAseqおよび定量PCR法により,各部位の栄養吸収に関与する遺伝子の発現を調べた.その結果,ヒトで栄養の消化吸収に関連していると報告のある遺伝子群(タンパク質の消化酵素,アミノ酸/ペプチドおよび糖の運搬体,脂肪の分解や吸収関連因子,電解質チャネルなど)のうち,ほとんどがイルカの腸管でも発現していることが確認された.また,脂肪の分解や吸収,運搬に関連する因子の発現量が極めて多いことが分かった.さらに,発現が確認された上記遺伝子のほとんどが前部よりも後部で発現が多いこと,および腸管全体にわたり(肛門直前まで)発現していることも確認された.2.水中にすむイルカ類の熱の産生や保持の生理学的機構を明らかにするため,水族館で飼育されているバンドウイルカを対象として通年採血を行ない,8種類のホルモンについて血中濃度を測定し,季節変動を解析した.その結果,代謝を促進する甲状腺ホルモン(TH)の濃度が冬季に低下すること,および,食欲を増進させる作用をもつニューロペプチドYの濃度が秋冬季に上昇すること,が判明した.また,THをイルカの培養細胞に投与し,細胞内のATP量を調べたところ,TH投与によりATP量が有意に増加することを確かめた.以上の結果から,イルカは寒い時期に食欲を増進させて栄養(特に脂肪)を多く取り込むと同時に,細胞内の代謝活性を抑制し,脂肪の蓄積を促進するような方向の生理反応を強化すると推測された.
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