研究課題/領域番号 |
26450308
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
矢坂 雅充 東京大学, 経済学研究科(研究院), 准教授 (90191098)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 乳業 / 海外事業 / 牛乳乳製品 / 生乳市場 / 販売チャネル / 酪農乳業政策 |
研究実績の概要 |
日本の非乳業の食品企業が海外での乳ビジネスを手がけた事例としては、もっとも古く2005年に操業を開始した朝日ビールHDの子会社である朝日緑源を取り上げて、中国での酪農生産および乳業の発展過程や課題を整理した。朝日緑源は大規模酪農場と牛乳製造工場を青島に立ち上げ、中国のプレミアムチルド牛乳の代表的なブランドとして位置づけられている。 朝日緑源の特徴は、①日本のスタイルの牛乳による製品差別化、具体的には日本の大規模酪農経営や牛乳製造技術にもとづいて飼養頭数1,400 頭の大規模酪農場、チルド流通を必要とする超高温殺菌牛乳を製造する乳業工場の稼働、②酪農経営の直営による原料乳の安定的な調達の確保、③牛糞を処理した堆肥を利用した畑作との複合経営による資源循環型酪農の実現などである。酪農・畑作と乳業の両部門を連携させて、朝日緑源の中での経営資源の自律的な経営が目指されてきた。しかし、すべての生乳を自社で処理するほど牛乳の販売量が拡大せず、残りの生乳の他社への販売が常態化し、生乳取引の不安定性が顕在化し、自社での生乳処理の完結に迫られ、新たにプレミアム業務用牛乳の製造・販売の拡大が期待されている。海外市場での乳ビジネスを原料乳生産から手がけたが朝日緑源は、他社への生乳販売を抑制し、自社完結型の乳ビジネスへと舵を切りつつある。中国をはじめとする途上国の牛乳・乳製品需要が、景気や消費者の所得の変動に大きく左右されるという状況に対応することが求められることなどを明らかにした。 また海外での乳ビジネスは当該国の生乳取引への規制・制度によって、酪農生産者との生乳取引のあり方や乳業直営農場のあり方など、乳ビジネスの内容も規制される。乳ビジネスを規定する生乳市場政策として、日本の指定団体制度ややEUのミルクパッケージの意義や限界を評価するために、実態調査を実施した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
日本の乳業メーカーや食品企業の海外での乳ビジネス展開の経緯や現状を現地調査などによって整理してきた。①海外の乳業メーカーを買収して既存のブランドを継承するとともに、乳業工場の合理化など乳ビジネスの再編成を図ろうとするオーストラリアでのキリンHDの取り組み、②日本のチルド牛乳やヨーグルトの製造技術や品質管理の優位性を追求し、合弁相手の現地企業グループの小売チェーンとの連携を強化してきたタイ明治の取り組み、③輸入乳製品を原料として、豊富な技術が蓄積されてきたプロセスチーズ市場に参入したインドネシアでの雪印メグミルクの取り組み、④原料乳を大規模酪農企業から調達し、チルド牛乳やヨーグルトをプレミアム製品として販売する中国の蘇州明治の取り組み、⑤直営牧場と乳業工場を併せ持ち、プレミアムチルド牛乳市場での評価を獲得し、業務用牛乳の製造販売によって自社完結型の乳ビジネスを目指す中国の朝日緑源の取り組みである。 これらの事例調査から、海外での乳ビジネスを左右する主要な要因が明確になってきた。一つは、原料調達のあり方である。安定的に原料乳を調達するために、生乳取引契約のあり方、直営牧場への取り組みが検討課題となる。二つは、牛乳・乳製品の販売チャネルの確保である。合弁企業の流通チャネルの活用や日系流通企業との連携とともに、差別化された牛乳・乳製品の開発が模索されている。三つは、景気動向などに左右されやすい牛乳・乳製品消費の変動への対応である。牛乳・乳製品は需要拡大が見込まれる食品であるが、それだけに景気変動の影響を受けやすく、事業の安定性の確保が課題となる。 こうした論点が浮き彫りになってきたが、乳ビジネスが順調に拡大していない事例では補足的な調査の実施が危ぶまれている。また生乳取引契約や流通企業との取引についての調査は容易ではなく、間接的な情報収集を含めて検討する必要がある。
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今後の研究の推進方策 |
これまでに実施してきた諸事例をとおして浮き彫りになってきた海外での乳ビジネスの展開を左右する主要要因に焦点を当てて、国内および可能な範囲での海外調査を実施する。 原料乳調達では、現地での直営牧場経営の有効性や酪農生産者や酪農協同組合との生乳取引契約のあり方が検討される。これらは現地の政府の酪農・乳業政策への対応として選択肢が限られることもあり、生乳市場規制や乳製品輸入政策や外資規制などについての理解を深めていく必要がある。この点では酪農先進国であるオーストラリアで乳ビジネスを展開しているキリンHDの取り組みが重要であり、補足的な調査の実施を試みる。ただし、現地での事業不振により、調査への協力が得られないことも想定されるので、その場合は、海外での乳ビジネスの歴史があるタイ明治の取り組みへの追加調査などで補完したい。原料乳調達・生乳取引契約は海外乳ビジネスの重要なポイントであり、国内およびEUの生乳市場政策・規制をめぐる議論が参考になるので、必要に応じて実態調査を行い、乳業の生乳調達行動との関連を検討する。 牛乳・乳製品販売チャネルの開拓では、合弁企業との連携や現地日系流通企業との協力などが進められており、その内容を具体的に理解するための調査を実施する。ただし、流通企業との契約などに関する情報は外部に公開することは難しいことが想定されるので、関連する日系流通企業や商社への聞き取り調査から実態をできるだけ把握することにする。 これらの海外での乳ビジネスの展開を左右する主要要因に焦点を当てて、各事例調査からえられた知見を横断的に整理し分析することが、今後の調査研究の主な内容となる。
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