オオバナノエンレイソウは主に北海道に分布し,エンレイソウは九州の山地から東北・北海道にかけて分布する。本研究では,同じ条件の下で両種の発芽実験を実施し,発芽特性の違いを明確にすることを目的とした。また,発芽特性の違いと分布域の違いとの関連について考察した。 エンレイソウもオオバナノエンレイソウも種子の散布時には胚が小さく,胚成長,発根,子葉の出現(発芽)それぞれの段階で,異なる温度を必要とする形態生理的休眠(Morphophysiological dormancy; MPD)を有する種子であった。 札幌市の温度を再現した条件下では,エンレイソウは播種した年の内に,つまり,冬の低温なしに約50%の種子が発根し翌年に発芽した。残りの種子は低温経過後に発根した。一方,オオバナノエンレイソウは,低温が無ければ発根せず,低温経過後の夏に80%近く発根した。したがって,エンレイソウはオオバナノエンレイソウよりも発根のための低温要求が少ないと考えられる。このことは,エンレイソウの分布がオオバナノエンレイソウよりも南方に広がっていることと関連していると思われる。 一方,札幌市よりも5℃高く設定した茨城県笠間市の温度では,エンレイソウの年内の発根率は60-70%に高まり,札幌市の温度では年内に発根しなかったオオバナノエンレイソウでも20%の種子が年内に発根し,低温経過後には80%程度が発根した。このことは,オオバナノエンレイソウでも気温が高い地域では年内に発根でき,年内に発根できなくとも翌年には発根できることを意味している。つまり,オオバナノエンレイソウのMPDは,与えられる温度によって変わり得ることを示している。また,オオバナノエンレイソウが笠間市の温度で発根できるにも関わらず,実際には生育していないことの理由は,温度が発芽に不適切なのではなくその後の実生の生育に不適切であることを示唆している。
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