平成28年度は,昨年度報告したプロトン酸の添加により回転障壁が向上する(不斉軸の回転速度が低下する)いわゆるプロトンブレーキ分子(軸不斉N-アリール-N-メチル-2-tert-ブチル-6-メチルアニリン)について,さらに詳細な研究を行なった.まず,窒素上に種々のパラ置換フェニル基を有する軸不斉アニリンの回転障壁を求め,パラ置換基の電子吸引性が強まるほど回転障壁が向上することを見いだした.また,軸不斉アミンのX線結晶構造解析やDFT計算を行なうことにより,回転障壁は基底状態で生じている窒素非共有電子対の共鳴安定化効果に依存することを明らかにした.すなわち,遷移状態ではパラ置換フェニル基が大きくねじれ,共鳴安定化が消失するので,パラ置換基の電子吸引性が強いほど消失する共鳴安定化エネルギーが大きくなり,回転障壁が向上する.プロトンブレーキはパラアミノ基がプロトン化され,アンモニウム型の電子吸引基となって回転障壁の向上をもたらしたと考えられる. さらに,新たなプロトンブレーキ分子としてN-プロピル-N-(4-アミノフェニル)-ortho-iso-プロピルアニリンを見いだした.このアニリンにおいては,パラアミノ基への選択的なプロトン化を確認することができ(三級アミンへのプロトン化は生じていない),また,温度可変NMRを行なうことにより,ブレーキの大きさ(4 kcal/mol程度のブレーキ)も決定することができた. 外的要因によって結合の回転速度が変化する分子は分子ローター(分子マシーンの一つ)と呼ばれており,昨今注目を集めている.平成26年度には,プロトン酸の添加により不斉軸の回転速度が向上するプロトンアクセル型の炭素-窒素軸不斉分子を報告しており,本年度のプロトンブレーキ型分子と併せて,炭素-窒素窒素軸不斉アミンの構造的特徴を利用した新たな分子ローターを創製したことになる.
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