研究実績の概要 |
毒ガスとしてしか認識されていなかった硫化水素(H2S)が生理活性物質として認知され、その生理機能の研究と医療への応用が進んでいる。申請者らは、H2Sが酸化されてできるポリサルファイドH2Sn (n=3~7)がH2Sよりも300倍以上強力にアストロサイトのtransient receptor potential ankyrin 1(TRPA1) channelを活性化し、細胞内カルシウム濃度を上昇させることを発見した(Kimura et al., FASEB J. 27, 2451-2457, 2013)。これに続いて、phosphoinositide-3-kinase (PI3K)-Aktパスウェイ抑制剤として働くlipid phosphatase and tensin homolog (PTEN)は、腫瘍抑制活性をもち、ポリサルファイドがこのPTENの働きを制御していることが報告された(Greiner et al., Antioxid. Redox Signal. in press 2013)。ポリサルファイドによるこれらの制御は、TRPA1やPTENのシステイン残基のチオール基にイオウを加え、結合型イオウ生成(sulfhydrationあるいはsulfurationと呼ばれている;Ishigami et al., Antioxid. Redox Signal. 11, 205-214, 2009; Sen et al., Mol. Cell 45, 13-24, 2012)によりタンパクのコンフォメーション変化を起こし、活性が変わることによる。本年度は、ポリサルファイド感受性分子TRPA1チャネルの活性化機構を解明した。 H2S生産酵素CBS, CSE, 3MSTに対する特異性の高い阻害剤がなく開発が待たれている。これら阻害剤の開発を東京大学薬学部の花岡健二郎准教授との共同研究により進めた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本年度は、ポリサルファイドによるTRPA1活性化メカニズムを解明した。TRPA1のアミノ末端のシステイン残基はポリサルファイドの良い標的で、このシステインをセリンなどの他のアミノ酸に置換した変異体を作成し、感受性の違いを検討した。これら2つのシステイン残基が標的であることを明らかにした(Hatakeyama et al. Mol. Pain 11:24, 2015)。 HPLCによる検討で、脳内に内在性のポリサルファイドが存在していることを発見した(Kimura et al., FASEB J. 2013)。さらに、これをLC/MS-MSを使って検討し、脳内には、ポリサルファイドH2S2, H2S3, H2S5, がH2Sとともに内在し、3-mercaptopyruvate sulfurtransferase (3MST)が生産酵素であることを明らかにした(Kimura et al., Sci. Rep. 5:14774, 2015)。 ポリサルファイドが神経への分化誘導を行うことを示した(Koike et al., Biochem. Biophys. Res. Commun. 459, 488-492, 2015)。 H2Sの生理機能を解析するためにはその生産酵素の特異的阻害剤が不可欠である。東大薬学部の化合物ライブラリーから、H2S 生産酵素阻害剤として可能性のある化合物を構造活性相関により絞り込み、すでに確立している酵素反応系の測定法にこれらの候補化合物を添加することにより、酵素反応の阻害効果を測定し、特異的阻害剤を選定した。現在論文投稿準備中。
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