メチル水銀は中枢神経に選択毒性を示すが、その毒性発現機構はほとんど明らかにされていない。本研究では、メチル水銀を投与したマウスの脳特異的に発現誘導される分泌蛋白質セクレトグロビンSCGB3A1に着目し、その発現誘導機構およびメチル水銀毒性との関係について検討した。メチル水銀を投与したマウスにおいて、脳組織での病理変化(神経細胞数の減少)が認められる前にSCGB3A1の発現レベルの上昇が確認された。したがってSCGB3A1の発現誘導はメチル水銀によって細胞が障害された結果として認められる現象ではなく、メチル水銀に対する細胞応答によるものと考えられる。また、siRNAを用いたSCGB3A1の発現抑制によってマウス神経前駆細胞のメチル水銀に対する感受性が上昇し、培地中へのリコンビナントSCGB3A1の添加はメチル水銀毒性に対して軽減効果を示したことから、分泌蛋白質であるSCGB3A1は細胞外からの作用によってメチル水銀の毒性を軽減すると考えられる。また、メチル水銀によるSCGB3A1の発現誘導に関わる転写誘導機構を解析し、ノックダウンによってメチル水銀によるSCGB3A1の発現誘導を抑制する転写因子としてNF-κBおよびTCF3を同定した。また、NF-κBとTCF3は同一の経路を介してメチル水銀によるSCGB3A1の発現誘導に関与することも判明した。以上の結果から、NF-κB/TCF3を介したSCGB3A1の発現誘導はメチル水銀毒性に対する生体防御システムとして重要な役割を果たしていると考えられる。本知見は、メチル水銀が示す中枢神経選択的な毒性発現機構の解明に繋がることが期待される。
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