(1) 低濃度メチル水銀の胎児期曝露モデルを用いた神経症状誘発因子の探究 ラットを用いて、神経細胞死を引き起こさない低濃度メチル水銀の胎児期曝露 (母体への 5 ppm メチル水銀水の飲水投与) が生後の小脳において神経突起伸展を抑制し、シナプス蛋白質の発現を減弱させることを明らかにした。さらに、これらの神経形成への影響は、神経発達に重要な役割を果たしているTrkA経路の活性化および伸展因子であるeEF1Aの発現を胎児期にメチル水銀が抑制することで生じていることが示唆された。以上の結果より、低濃度 (5 ppm) メチル水銀の胎児期曝露は、神経細胞死を引き起こさないものの、TrkA経路の活性化およびeEF1Aの発現を抑制し、生後の神経突起伸展およびシナプス蛋白発現に影響すると考えられた。 (2) 発達段階の培養神経細胞を用いた神経症状誘発因子 (神経形成抑制因子) の探究 神経細胞の元となる神経前駆細胞を用いて解析した結果、神経前駆細胞の増殖が、神経細胞死を引き起こさない低用量のメチル水銀 (10 nM) で抑制されることを明らかにした。さらに、この神経幹細胞の増殖抑制作用は、メチル水銀がGSK-3bを発現誘導し、細胞周期に関係するCyclin Eという蛋白質を分解することで生じていることも明らかになった。また、GSK-3bを阻害するリチウムがこのメチル水銀による神経幹細胞の増殖抑制を防ぐことがわかった。 以上の結果は、低用量メチル水銀 (10 nM) の胎児期における神経形成への影響が神経幹細胞の増殖を抑制した結果であり、このメチル水銀による増殖抑制作用がGSK-3bを阻害する薬によって予防可能であることを示すものである。
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