研究課題
本研究は、申請時には「形質膜にあるNa+/H+交換輸送体(NHE1)などのイオン輸送体の活性化によって膜近傍で起こるイオン濃度変化が下流の酵素をどのように特異的に活性化し、シグナル伝達を増幅させるか」に主眼を置いていた。しかし、平成26年度行った予備実験の結果、cAMPやカルシニュリンなどのNHE1下流の細胞内酵素の活性変化を検出することは、シグナル強度が予想以上に弱く、困難を極めた。そこで平成27年度は考え方を180度転換し、動物モデルを用いてまず大枠を抑える実験を行い、その結果を見てシグナル系の詳しい解析に進むことにした。まず、NHE1の活性化変異体を心臓特異的に発現し、細胞内Ca2+濃度が持続的に高く、著明な心肥大・心不全を発症するトランスジェニック(Tg)マウスを用いて、べータ受容体遮断薬(カルベジロール)の投与群非投与群と比較し、べータ受容体遮断薬投与により心不全病態の改善が起こるかどうかを検討した。 NHE1-Tgマウスの心臓は20日齢から有意な心筋細胞の肥大を示し、心筋細胞の壊死・脱落それに伴う線維化など拡張型心筋症様の形態を呈すことから、20日齢のNHE1-Tgマウスを用いて、カルベジロールを5週間経口投与し、その有効性を検討した。心エコーならびに心カテーテルによる心機能評価によりカルベジロールを5週間経投与した群では心機能を改善と死亡率を改善する傾向が見られた。この薬剤の病態改善効果を確認するにはさらなる実験が必要であるが、NHE1-Tgマウスを交配によって数多く準備することが極めて難しく短期間で研究を進めることは極めて困難であった。そこで、本研究を進めることと並行して、心臓特異的に発現するCHP3という蛋白質の病態解析を進めるべく、ノックアウト(KO)マウスを作製した。
2: おおむね順調に進展している
本計画は、当初分子レベルの研究を目指して進んでいたが、実験の困難さのため、研究が予想どおりには進展せず、NHE1下流酵素の活性増幅機構→NHE1のTgマウスの薬理作用→NHE1と関連の深いCHP3のKOマウスの解析、というように2回の大きな方向転換を余儀なくされた。平成27年度中にはCHP3のKOマウスを作成し終え、その解析を進めてきており、今後順調に進むものと思われる。私は平成28年4月より国立循環器病研究センターより大阪医科大学に移籍した。動物実験は国立循環器病研究センターとの共同で行うが、私は大阪医科大学でKOマウスから単離した培養心筋細胞を用いた実験を行う。
最終年度は、NHE1-Tgマウスの繁殖を継続するかたわら、NHE1とも密接な関連があるCHP3のKOマウスを用いた実験をメインに行うことに方針転換する。NHE1のC-末端領域は活性の調節に重要な役割を果たしているが、これには様々なタンパク質が関与していることが知られている。その一つにCa2+結合蛋白質であるカルシニュリンB様蛋白質(CHP)があり、その一つのアイソフォームCHP3は主に心臓に発現している。CHP3のKOマウスは順調に繁殖できるので、まずCHP3欠損マウスを用いて心肥大・心不全におけるCHP3 の役割を解析する。CHP3のKOマウスは心臓の形態および心機能は野生型マウスとほぼ変わらなかった。平成27年度は、CHP3のKOマウスにさまざまな慢性負荷(カテコールアミン投与、大動脈狭窄、低酸素)を行い、心エコーや心カテによる心機能測定とさまざまな遺伝子の発現や蛋白質リン酸化などを検討することにする。また、CHP3-KOマウスより心筋細胞を単離し、培養系においてもさまざまな負荷実験を行う。培養系の有利な点を活かして、遺伝子発現実験、細胞内イオン動態解析を進める。最終的に、申請時の目標であった「形質膜にあるイオン輸送体から下流の酵素へのシグナル伝達」の仕組みを動物個体を含めた大枠で捉えることにしたい。
私は平成18年度から、所属が国立循環器病研究センターから大阪医科大学に変わり、本研究をさらに続けることにした。最初の2年間は動物実験を主体にしていたが、所属移行に伴い、大阪医大では細胞培養系の実験を行う予定にしている。そのため、培養に供する消耗品や動物代が見込まれるために次年度に使用することとした。
科研費は、遺伝子改変マウスの飼育・繁殖、動物購入、培養に必要な器具・試薬の購入に充てたい。また学会発表や論文発表のための費用も必要となる。
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すべて 雑誌論文 (5件) (うち査読あり 5件) 学会発表 (8件) (うち国際学会 1件)
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