研究課題
細胞分化は未成熟な細胞が組織特異的な機能を獲得する過程である。細胞分化においては、膨大な遺伝子の各々が適切に制御され、細胞全体として調和した遺伝子発現が必須である。この遺伝子発現制御に重要なエピジエネティック制御の中でも、ヒストンバリアントH3.3は「転写の記憶」を担う。H3.3は転写の亢進した領域や活性化エンハンサー領域に加え、分化特異的な遺伝子のエンハンサー領域にも予備的に取込まれる。一方、エンハンサー領域にてH3.3がどのように取込まれ、さらにH3.3がどのようにして分化特異的な遺伝子発現に貢献するか、また分化特異的な遺伝子発現と転写の記憶との関連など、細胞分化を理解する上で解明されるべき重要な点が多く残っている。本研究では、転写因子IRF8により誘導される単球・マクロファージ分化におけるH3.3の機能や取込み機構の解析を行い、細胞分化に必須な、調和のとれた遺伝子発現を導く分子機構を理解することを目的とする。研究代表者は、IRF8により誘導される転写因子Klf4をモデル遺伝子とし、Klf4遺伝子の上流に形成される約100kbにおよぶ巨大なエンハンサーの解析を行ってきた。このKlf4もIRF8に加え、単球・マクロファージ分化に重要な転写因子である。経時的に高精細な解析により、IRF8の結合が起点となり、エンハンサーとKlf4遺伝子との連続的な活性化機構が明らかとなった。特にH3.3は、この連続的な活性化の過程で、エンハンサーとKlf4遺伝子の双方に同時に蓄積する最初の転写制御因子であり、両領域をつなぐ重要な役割を担うと推測される。今後、さらにH3.3と分化特異的な遺伝子発現との関連について解析を進めていく。本研究の成果は、血球分化の分子機構の理解のみならず、遺伝子発現の制御破綻による発生異常や白血病・がんなど多くの疾患の病態理解・治療法開発に繋がると期待される。
1: 当初の計画以上に進展している
本研究の基盤となるデータの一つとして、IRF8により誘導した単球でのKlf4エンハンサーにおいてH3.3の著しい蓄積があった。このH3.3のChIP-seqデータは経時的解析がなく、エンハンサー形成・活性化への関与は不明であった。このため本研究では、第一にエンハンサー形成・活性化の分子機構の解析を計画した。平成26年度では、このエンハンサー形成・活性化の分子機構を明らかにする目的でChIP法を中心に解析を行った。特にドキシサイクリンによるIRF8発現誘導系を組み込んだ、Irf8欠損マウス由来のミエロイド前駆細胞株Tot2により、経時的に高精細なChIP解析が可能となった。これを用いて、IRF8とパートナー転写因子PU.1、転写活性化・抑制のマーカーとされる種々の修飾ヒストンなどについて解析を進めた。この一連の解析結果より、IRF8の発現後、エンハンサーとKlf4遺伝子の転写開始点は段階的に活性化し、Klf4の転写を導くことが明らかとなった。IRF8とPU.1の結合を起点とし、エンハンサーにH3K4me1が生じ、次にKlf4遺伝子の転写開始点にて転写開始を示すH3K4me3が生じる。さらにその後に今度はエンハンサーにて、その活性化を表すH3K27acが増加する。そして最終的に、Klf4遺伝子で転写産物が産生されるという過程であった。これらの結果から、エンハンサーと遺伝子は一方方向ではなく相互に活性化し合う可能性が示唆されている。さらにH3.3のChIP解析により、H3.3はIRF8の誘導後エンハンサーとKlf4遺伝子の転写開始点の双方にて同時に蓄積する最初の転写制御因子であり、両領域を結ぶ重要な役割を担うことが推測された。この様に、予定された計画を遂行し、さらに新規の遺伝子発現の活性化機構の仮説を得たため、当初の計画以上に進展しているという達成度とした。
今後、複数の方向性で研究を行う予定である。一つはIRF8により形成されるエンハンサーへのヒストンH3.3取込みの分子機構の解析であり、もう一つは、H3.3自身や取込みに関わる分子のエンハンサー活性化への関与についての解析である。前者については、既知のヒストンシャペロンについて、shRNAを用いての検討を計画している。LentivirusベクターでのshRNAの導入法については既に確立している。またH3.3のエンハンサーへの取込みやエンハンサー上での機能を解析するためには、H3.3のゲノム上の複合体の解析が有益と考えており、これには、共同研究を行っている大阪大学藤井穂高准教授が開発したenChIP法を用いることを計画している。後者のH3.3自身や取込みに関わる分子のエンハンサー活性化への関与についても、shRNAによる候補遺伝子のノックダウン後のChIP解析を中心としているので、技術的には大きな問題はない。また、平成26年度に実施した研究により、一般に考えられている「エンハンサーによる遺伝子の活性化」とは逆方向の「遺伝子によるしかし遺伝子産物を介さないエンハンサーの活性化」が存在し、エンハンサーと遺伝子は一方向ではなく相互に活性化し合う可能性が示唆されている。H3.3はIRF8の誘導後、エンハンサーとKlf4遺伝子の転写開始点の双方において最も早く蓄積の確認されるエピジェネティック因子であることも判明しており、両領域を結びつける重要な役割を担うことが推測されている。これまでに、CRISPR/Cas9にてKlf4のプロモーター領域の欠損細胞株を作成ており、現在エンハンサー領域などの欠損細胞株の作成を行っている。今後、これらの欠損細胞株を用いて、エンハンサーと遺伝子の相互活性化にH3.3がどのように関与するかを検討する予定である。
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http://www-user.yokohama-cu.ac.jp/~immunol/