研究課題/領域番号 |
26460406
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研究機関 | 独立行政法人国立がん研究センター |
研究代表者 |
温川 恭至 独立行政法人国立がん研究センター, 研究所, 主任研究員 (80311372)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 癌 / 悪性化 / 発現制御 / Notch1 / p63 |
研究実績の概要 |
p63は重層扁平上皮組織の発生・分化におけるマスター制御因子であり、組織幹細胞性の維持に必須の役割を果たしている。p63の高発現は皮膚・子宮頸部・肺・頭頸部などの扁平上皮がんの50%以上の症例、中でも高分化扁平上皮がんで多く認められており、がん遺伝子としての機能が示唆されている。一方、p63の発現低下とがん進展との相関が報告されているが、その背景となる分子機構と意義は未解明である。 NOTCH1は多くのがんにおいてがん遺伝子として働くが、重層扁平上皮組織においてはがん抑制遺伝子として機能する。しかしながら、扁平上皮がんの後期にはがん遺伝子として機能する可能性が示唆されており、NOTCH1のがんにおける二面性は謎である。これまでに研究代表者らはp63がNOTCH1遺伝子の転写抑制因子として機能し、正常角化細胞の自己複製能維持に働くことを見出している。また新規NOTCH1-ROCK1経路を同定し、これがヒト正常角化細胞の分化誘導と運動能亢進に働く主要経路であることを報告した。本研究では、NOTCH1-ROCK1経路がNOTCH1のがんにおける二面性を説明する分子基盤となる可能性を検討し、扁平上皮がんの悪性転換に関わるスイッチ機構を解明することを目的とした。 正常角化細胞やp63を高発現する複数の子宮頸がん細胞株においてp63をノックダウンするとNOTCH1の発現誘導を介して強力な細胞増殖抑制が起こる。正常角化細胞においてMYCの発現導入がこのp63ノックダウンによる細胞増殖能の喪失を完全にレスキューしたこと、MYCの発現誘導によってp63の発現低下が認められたこと、並びにp63の発現低下によってNOTCH1-ROCK1経路の活性化が起きることを明らかにした。また、子宮頸がんモデル細胞の三次元培養系における浸潤能がNOTCHあるいはROCK阻害剤によって抑制されることを見出した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
平成26年度の研究実施計画としてp63とMYC相互の発現制御機構の解明を掲げたが、直接的制御の可能性を検討するための項目、特にクロマチン免疫沈降法を用いたMYCプロモーター内p63応答配列の同定とp63プロモーター内E-boxの同定は未達成である。また、MYC発現導入細胞や、MYCを高発現しp63発現消失が認められるがん細胞株群において、p63プロモーターのメチル化状態をバイサルファイトシーケンシング法によって調べる計画であったが、未達成である。 次年度以降の研究実施項目として、細胞分化能の有無におけるNOTCH1-ROCK1経路の生物学的効果の違いを明らかにする計画であったが、一部先行しヒト子宮頸がんモデル細胞を用いてMYC高発現により認められる運動・浸潤能の亢進がNOTCH1-ROCK1経路の活性化を介しているか否か三次元培養系を用いて検討を行った。その結果、MYC高発現後、更にp63発現をノックダウンした細胞において浸潤能の段階的亢進が認められた。また、それらの浸潤能がNOTCHあるいはROCK阻害剤によって抑制されたことから、MYCの発現量増加がp63及びNOTCH1の働きを転換し、NOTCH1-ROCK1経路の活性化が上皮性腫瘍細胞の悪性化のドライバーとして働く可能性が得られた。 また当初の計画には無かったが、広く上皮性悪性腫瘍においてNOTCH1-ROCK1経路が浸潤・転移に関わる可能性を検討するため、ヒト正常膵管上皮細胞を基に膵がんモデル細胞を作成し、報告した(Carcinogenesis. 2014)。
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今後の研究の推進方策 |
本研究では以下5つの課題に取り組むことで、p63とNOTCH1の扁平上皮がんにおける二面性の分子基盤を明らかにし、上皮性腫瘍の悪性転換のドライバー経路を同定する。特に、p63の機能消失がもたらす細胞増殖阻害・分化誘導を回避する機構としてMYCの関与を明らかにし、新規NOTCH1-ROCK1経路が上皮性腫瘍の悪性転換をもたらすことを証明する。① p63とMYC相互の発現制御機構の解明:p63の標的遺伝子としてMYCを同定する。MYC高発現によるp63の発現低下機構を明らかにし、ネガティブフィードバックループの存在を証明する。② ヒト角化細胞の幹細胞性維持と分化、組織構築におけるp63-MYC、p63-NOTCH1-ROCK1経路の役割:基底層上でp63が発現低下した際に活性化するNOTCH1-ROCK1経路の生理学的意義、特に細胞運動能の亢進と細胞分化との関連に関して、分化細胞が上方へと移行し分化層を形成するために主要な役割を果たすか否かを明らかにする。③ 細胞分化能の有無におけるNOTCH1-ROCK1経路の生物学的効果の違い:子宮頸がん・口腔がんの多段階発がんモデルを用いて、活性化型RAS、MYC等の発現導入により分化能を失った細胞において、NOTCH1-ROCK1経路が悪性形質の獲得に関わるか否かを明らかにする。④ 上記多段階発がんモデルを用いて、MYC高発現下におけるp63-NOTCH1-ROCK1経路の制御破綻と悪性転換との機能的関連、特にMYC高発現によって起こるp63の発現低下がNOTCH1-ROCK1経路の活性化を介して運動能・浸潤能の亢進をもたらすか否か、三次元培養系における浸潤像とマウス移植系におけるin vivo転移能とを指標に明らかにする。⑤ 扁平上皮がん臨床検体におけるp53,p63,NOTCH1,MYCのステータスと悪性度・予後との相関を解析する。
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次年度使用額が生じた理由 |
当該年度において、研究実施計画を遂行及び学会にて成果発表するため研究費を使用した。当初の計画とは異なる新たな研究項目を実施し、研究成果を国際的学術誌にて報告した。当該年度の研究計画の一部を次年度にて実施するため、交付決定額から残額が発生した。
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次年度使用額の使用計画 |
次年度においては、当該年度で実施できなかった研究項目、特に① p63とMYC相互の発現制御機構の解明するためのMYCプロモーター並びにp63プロモーター解析を行う。また、② ヒト角化細胞の幹細胞性維持と分化、組織構築におけるp63-MYC、p63-NOTCH1-ROCK1経路の役割に関し三次元培養系を用いて免疫組織化学的に解析する。更に、③子宮頸がん・口腔がんの多段階発がんモデルを用いて、活性化型RAS、MYC等の発現導入により分化能を失った細胞でNOTCH1-ROCK1経路が悪性形質の獲得に関わるか否かを明らかにする。これらの計画を実施するため、当初より使用量の増加が見込まれる試薬等消耗品を購入するための物品費として当該年度の残額及び次年度の研究費を使用する予定である。
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