研究課題
HIV-1の変異・適応能は、生存戦略の基盤である。昨年度までに、HIV-1ゲノム内のスプライシングアクセプター1近傍領域(SA1prox)の塩基配列・変異が、Vif発現量を規定することを明らかにした。本年度は、SA1proxの1塩基置換(nSNV, natural single-nucleotide variation)の内、vif発現量を親株の0.02%程度まで著減させる変異体(NL-tac)の馴化実験を行った。これにより、Vifと拮抗する内在性抑制因子であるAPOBEC3G存在下で、ウイルスがどのように変異・適応するのかを調べることを目的とした。また、馴化実験により獲得した変異を解析することで、vif発現調節に関与するSA1prox以外の領域の同定を目指した。NL-tacをヒトリンパ球系細胞株H9(APOBEC3G強発現細胞)で長期培養した結果、増殖能を獲得した馴化型ウイルスが出現した。馴化型ウイルスゲノムには複数の変異が認められたが、vif発現量を増加させる(NL-tacの10倍程度)変異は、SA1proxより下流のVifコード領域内に存在し、SA1prox以外にもvif発現に影響を及ぼす領域があることが分かった。さらに、HIV-1は選択的スプライシングにより種々のウイルス蛋白質をコードするmRNAを産生するが、SA1prox nSNV変異体では、全体的なHIV-1 mRNA発現パターンが変化し、特に、vpr発現量はvif発現量の増減と逆相関することも明らかにした。従って、SA1proxのnSNVはvif発現量のみに影響するわけではなく、逆に、他の領域の変異もvif発現量を変動させ得ると考えられた。これらは、HIV-1の選択的スプライシング機構の複雑さを示しており、SA1prox nSNVによるvif発現調節機構の解析により、HIV-1遺伝子発現に関する知見が得られると考えられる。また、NL-tacの馴化実験から、強力に複製が抑制される環境下でも、HIV-1が極めて高い適応能力を持つことが示された。
1: 当初の計画以上に進展している
当初の研究実施計画では、HIV-1複製能を変動させるSA1proxの1塩基置換(nSNV)がHIV-1遺伝子発現の各過程(転写、スプライシング、核外輸送、翻訳)に及ぼす影響を調べる予定であったが、研究は計画以上に進展している。昨年度までに、SA1proxのnSNVによるHIV-1複製能の変動が、本領域の塩基配列を介したVif発現量の調節により起こること、SA1proxのnSNVを持つHIV-1が、Vif発現量に応じて低発現、高発現、過剰発現タイプに分類され、各種Vif発現タイプのHIV-1が宿主細胞種により異なる複製能を示すことを明らかにした。これらの結果を踏まえ、現在は、SA1proxのnSNVによるVif発現調節機構を解明するため、(1)Vif発現量タイプの異なるnSNVを持つHIV-1の馴化実験による変異・適応解析、(2)SA1prox RNA配列により形成されるステムループ構造変化とvif発現量変化との連関解析、(3)SA1proxのnSNVによるスプライシング効率の変化、に関する実験を主に進めている。(1)の馴化実験からは、vif発現量に影響を及ぼすHIV-1ゲノム内の領域の同定やウイルスの変異・適応に関する知見、(2)と(3)からは、HIV-1の選択的スプライシング調節機構に関する新たな知見が得られる。現在は、HIV-1の選択的スプライシング調節機構や遺伝子発現に関する研究を新たに展開している状況にある。
上述の研究実績の概要に示す通り、Vif低発現タイプのHIV-1馴化実験は順調に進捗している。今後さらにウイルス馴化を続け、ウイルスがどのように変異・適応していくのかを解析する。HIV-1は種々のウイルス蛋白質を産生するため、選択的スプライシングにより多種のmRNAを生じる。そのため、HIV-1ゲノムにはスプライシングドナー部位(D1~D4)とスプライシングアクセプター部位(A1~A7)が存在する。Vif mRNAは、D1とA1のスプライシングで産生され、vifの増減はスプライシング効率の変化により起こると考えられる。スプライシング効率を調べるため、D1とA1を含むミニゲノムを作製し解析を行ったが、vifの増減を反映する結果は得られなかった。これは、vif産生のためのスプライシングの制御がD1とA1だけなく、他のスプライシング部位も関与するためと考えられる。この結果を踏まえ、HIV-1の選択的スプライシングを反映するミニゲノムの構築に取り組む。SA1prox内で形成されるRNAステムループ構造とvif発現量の変化との関連を解析していく過程で、親株(cgg)のnsSNV(cgc)により過剰発現タイプになり、ステムループ構造を変える人工的変異(cga)の導入によりvif発現が著減する部位を同定した。この部位はA1上流にあり、宿主のスプライシング因子が結合する領域内にある。これらの変異を利用し、構造・配列変化とスプライシング因子との相互作用を明らかにする。選択的スプライシングには、スプライシング部位の上流および下流に存在するエンハンサーエレメントやサイレンサーエレメントが関与する。これまでに同定したvif発現量を変動させるnsSNVの情報を基にエレメントの同定を進め、相互作用する因子について検討する。これらの解析により、SA1prox内のnsSNVによりvif発現調節機構の解明を目指す。
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