本研究は、国民皆保険の実現に向けて保健システム強化の取り組みが続くなか、民間保健施設数が計画を超えて増加し、サービスの需要予測の困難に直面しているカンボジアにおいて、現状の保健サービス選択に加えて潜在的な保健サービス選好を分析した。分析にあたり、母親の時間選好やリスク選好といった行動経済学的要因と保健サービス選択や選好との関連を検討した。 本研究では、カンダール州カンダールストゥン郡において、小児疾病に際しての保健サービス選択及び選好について、離散選択実験及びインタビュー調査を640名の母親に対して実施した。その結果、時間選好率が低い母親は子の治療を先送りする傾向にあった(調整済みリスク比(RR)=4.60、95%信頼区間(CI):1.27-16.66[発熱の場合]、RR=9.31、95% CI:1.70-51.13[下痢の場合])。リスク選好度の高い母親は、子の下痢に際して公的保健施設でなく民間保健施設を選択する傾向にあった(RR=1.05、95% CI:1.00-1.11)。また、離散選択実験の結果、子の疾病時の保健施設選択として、治療費の窓口支払額に代表される金銭的要素は重視されず、サービス提供内容や診療時間中にいつでもスタッフがいることなど非金銭的要素を重視していることが分かった。リスク選好度の高い母親は、スタッフの態度が良好であることをより重視することも分かった。 本研究の結果は、小児疾病時の保健施設選択に対して、母親の時間選好やリスク選好が影響していることを示唆している。また、保健施設への受診を促進するには保健施設においてサービス提供内容の改善が必要であることも示唆している。
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