ゲノムワイド関連解析(GWAS)によって、多くの多因子疾患のリスク変異が同定され、これらの結果を用いて幾つかの仮定をもとに疾患リスクを計算することができる。多因子疾患の遺伝要因はまだ完全に解明されてはおらず、精度は向上は今後も続けられることを前提に、現時点でリスク情報を個人に提供することは出来る。すでに巷間では消費者直結型(direct to consumer=DTC)遺伝子検査が行われているが、予防行動への有効性に関しては概ね否定的な結論である。私たちは多因子疾患の遺伝子検査の結果回付を医療者の説明の元で行った時、個人の予防への行動変容に繋がるかどうかに関する予備研究を行った。研究協力者を職場検診でリクルートし、遺伝子検査を受けることに心配がないことをアンケートで確認した20人(平均年齢39歳、男:女=9:11)を被験者とした。被験者は改めて検査に関する説明と同意を経て遺伝子検査を受けた。約1ヶ月後に医者によって結果回付および検診結果と共に遺伝子解析結果の説明のセッションを受けた。その後3ヶ月、6ヶ月、1年まで全例追跡調査を行った。その結果、セッションの前後において、現在および十年後の自分の健康状態の捉え方に関して影響は見られなかったものの、十年後に罹るかもしれない病気に関して、自分でコントロールできるという意識が高まった。多くの人が1年後も結果を想起することが判った。本調査の被験者は遺伝子検査を受け入れることでバイアスが掛かっているが、全体のセッションとしては安全で有効に進めることが出来た。遺伝子検査は疾患予防への行動変容を目的とした、医療者と患者の間のリスクコミュニケーションツールとして用いられる可能性が示唆された。今後はどのような遺伝子検査あるいは医療者の説明が有効であるかを検討することが重要であると考えられた。
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