法医学領域における年齢推定は,主として形態学的所見に基づいて行われてきている.すなわち,頭毛陰毛の色調,頭蓋顔面骨の縫合,長管骨骨梁の変化,歯槽骨の吸収の程度,歯牙の状態(萌出の程度,治療本数,残存本数,咬耗摩耗の程度),その他動脈硬化など,種々の加齢に伴う変化に着目し,得られる所見を組み合わせて年齢を導き出すのが一般的な手法である. ここで,本研究では,歯牙の形成時期に取り込まれた放射性炭素レベルから,より精度の高い生年推定法の確立と法医実務への適用について検討してきた.組織中の放射性炭素レベルは,死後経過時間や死後変化の影響を受けにくく,新たな生年推定法として期待できる. 初めに,歯牙の放射性炭素分析を行う際の対象試料と,その必要量について検討した.まず,分析対象歯牙は,第一大臼歯のエナメル質がその形成期間が最も短いことから生年を絞り込むのに有利である事が分かった.反面,形成期間が短いことで,年代校正用ボム・カーブの1963年ピークの前か後かの判断が困難なことがある.そのような場合,形成期間の長い象牙質の分析を組み合わせ,総合的に生年を推定することの重要性を示した. 次に,法医実務で応用する際に問題となる,試料の最低歯質量を検討した.その結果,加速器質量分析装置の状態による変動などを加味して考慮すると,象牙質で50mg,エナメル質で100mgが分析に必要な安全域であると考えられた. さらに,法医解剖や死体検案などの法医学実務で採取できる歯牙試料は,必ずしも健全歯であるとは限らず,歯牙への様々な修飾を想定しておく必要がある.そこで,う蝕罹患歯質を分析対象試料とした場合の影響について検討した.病理組織学的に細菌感染が認められるう蝕罹患象牙質,及びコントロール用に健全象牙質を試料とし,両者の結果を比較したところ,本法による生年推定に及ぼす影響は無視できると考えられた.
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