研究課題/領域番号 |
26461140
|
研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
松本 佐保姫 東京大学, 医学部附属病院, 助教 (80570184)
|
研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
|
キーワード | 脂肪組織機能異常 / 肥満 / 加齢 / 組織間相互作用 / 免疫細胞 |
研究実績の概要 |
現在までの研究で、脂肪幹細胞が脂肪細胞と炎症性単球を強く誘導する細胞(APDP細胞;adipocyte progenitor derived proinflammatory cells)の二つに分化することを明らかにした。また、脂肪幹細胞の分化増殖を担う鍵分子としてRad51を同定した。 ADPD細胞は肥満すると数が増え、脂肪組織の炎症を惹起する。APDP細胞は多くの炎症性サイトカインを発現するが、中でもCCL2の発現が著しく高く、CCL2を介して単球を脂肪組織中にリクルートすることが、中和抗体の実験から明らかにされた。またAPDP細胞を脂肪組織へ移植すると、膵島が萎縮する現象が見られ、CCL2を抑制することで改善が認められており、APDP細胞が炎症を介して脂肪組織の機能異常、膵島の機能異常を惹起する可能性が示されたと考えている。 APDP細胞は非肥満のマウスの脂肪組織中でも認められている。脂肪組織の中にはcrown like structureと呼ばれる脂肪細胞が死んでいくクラスターと、Adipo-angiogenic cell cluster(AAクラスター)として我々が報告した脂肪新生が起こっているクラスターが存在しダイナミックに脂肪細胞の入れ替わりが観察される。APDP細胞は、このAAクラスターに選択的に存在している。APDP細胞の遺伝子発現を解析すると、炎症関連遺伝子の発現に次いで、血管新生や細胞接着因子などの発現が非常に高いことが分かってきた。APDP細胞は単球をリクルートしその単球を介して脂肪組織中の血管新生を促していることが示されている。これらの結果から、APDP細胞は脂肪新生ニッチの形成に大切な働きを持っており、肥満などのストレスがかかると脂肪新生が過剰に起こりそのために生じた過剰な単球のリクルートが組織炎症を惹起しているのではないかと考えている。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度の課題として、我々が新規に見出した脂肪幹細胞由来の炎症惹起細胞、APDP細胞の制御メカニズムの解明と、脂肪組織・膵臓の組織関連間に果たすAPDP細胞の役割、および、治療への介入の可能性を挙げてきた。 今回APDP細胞の制御メカニズムに関しては、十分な分子生物学的な解析を行えたと考えている。それに加えて、本年度の検証で、加齢に伴って脂肪幹細胞の脂肪細胞分化能が著しく低下しAPDP細胞への分化が増えることが明らかとなった。これらは、我々の予測していた、炎症との連関のみならず加齢という領域においてもAPDP細胞が何らかの鍵としての働きを担っているという全く新しい方向性を示すものであると考えている。本年度の検証で、脂肪幹細胞は加齢とともに脂肪細胞分化関連遺伝子の発現が著しく低下し、それに伴って脂肪細胞への分化が起こらず、代わりにAPDP細胞へと編成していくことが示された。今までの検証ではAPDP細胞は脂肪新生ニッチを形成していると考えられるが、加齢脂肪組織で脂肪新生ニッチが増えているという現象は観察されておらず、加齢で起きている現象は合目的的というよりは、何らかのメカニズムの結果として起きている現象であると仮説を立てている。このテーマに関しては、今後大きな進展が期待できると考える。 脂肪組織・膵臓連関に関してはCCL2がその鍵分子であることが示唆されている。CCL2はマクロファージなど多くの細胞でも発現が見られる因子であって、APDP特異的に発現するものではないが、APDP細胞によってCCL2が局所で発現が増えその結果として脂肪組織の炎症が起きることが膵島の萎縮を促している可能性があると考えている。 これらの結果を踏まえ、本年度は、仮説の検証に加えて、全く予測していなかった新しい展開も見られたという点において、おおむね順調に新手印していると考えている。
|
今後の研究の推進方策 |
本年度までの検証に基づき、さらに次年度は大きな展開が期待できると考えている。 APDP細胞を制御するRAD51を軸とした分子メカニズムの解明においては、今年度の検証により新たに加齢という現象を説明できる可能性があると考える。RAD51はDNA修復タンパクとして広く知られている分子であり、加齢との関連も密接であることは既報のとおりである。我々は加齢とともに脂肪幹細胞が脂肪細胞への分化能力を失いAPDP細胞へと分化していくことにRAD51が関与している可能性があると考えている。これらの変化には脂肪幹細胞のエピジェネティックモディフィケーションが関わっている可能性が非常に高く、今後はChip-sequenceやATAC-sequenceの技術を用いて、網羅的に加齢変化で起きる遺伝子の発現の変容に迫る。これらの検証により、加齢、DNA修復、幹細胞分化、炎症という4つの一見独立したキーワードが密接に関与し、その結果として機能異常や組織炎症をきたしているという、ダイナミズムを明らかとしていくことが出来ると期待している。 臓器間連関に関しては、APDP細胞が脂肪組織の慢性炎症を惹起し、脂肪組織の慢性炎症が膵島の萎縮をもたらすということは明らかとなってきており、今後は脂肪幹細胞が成熟脂肪細胞へ分化するように分化誘導をすることによって脂肪組織中のAPDPの数が減りその結果脂肪組織機能異常、耐糖能異常という悪循環を断ち切れるかどうかがカギとなると考える。これらが実現すれば、今までの治療法とは全く違う、新しい方向性を持った肥満症から糖尿病への発症予防が可能となることが期待される。 更にこれらの検討に基づき、脂肪幹細胞の分化を制御することで、炎症を抑え、ひいては糖尿病の発症を抑制できるような薬物コンパウンドの探索を行っていきたい。
|