セレノプロテインP(SeP)はヘパトカイン(肝臓由来の分泌タンパク質)の1つであり、2型糖尿病に対する新規な標的分子である。本研究ではSePのX線結晶構造解析を行い、その立体構造に基づいた薬剤開発を目指した。
昨年度までに構築したSePに含まれる10個のセレノシステインすべてをシステインに置換したシステイン置換体SePの発現系を用いて、本年度はその大量発現・精製を行い、システイン置換体SePの結晶化スクリーニングを行った。微小な結晶が得られることもあったが、回折実験に適したサイズにまで成長せず、また、そもそも結晶化の再現性が乏しかった。これは、システイン置換体SePにおける不均一な糖鎖修飾が影響していると考え、糖鎖修飾の解析を質量分析にて行ったが、定量的な解析が行えないほどの複雑な糖鎖修飾を受けていることが判明した。そこで、結晶化をさらに有利に進めることを目的に、糖鎖修飾阻害剤を用いた発現を試みたが、その効果は限定的であった。また、糖鎖修飾に関わる酵素が欠損した細胞を用いての発現も試みたが、結晶化スクリーニングを試みるには発現量が低く、現状では、回折実験に適した良質な結晶を得るには至っていない。 本研究を通じ、骨格筋におけるSePの受容体がLDL受容体ファミリーの1つであるLRP1であること、また、SePがLRP1を介して筋肉に作用することにより、運動の効果が無効になる「運動抵抗性」を起こすことを解明することにも成功し、本年度はこの結果をNature Medicine誌に発表した。そのためSePとLRP1の相互作用を特異的に阻害する薬剤が開発できれば、糖尿病の治療のみならず、運動効果増強薬への展開にも期待が持てる。
また、本研究の過程において、SePがユビキチン-プロテアソーム系やオートファジーといったタンパク質分解系の制御にも関連している可能性を見出した。
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