全身麻酔薬の脊髄における不動化作用機序の解明は麻酔管理を行う上で極めて重要であるが、前角運動ニューロンにおけるその機序は明らかではない。さらに、術中の脊髄虚血に対する麻酔薬の保護作用も不明である。本研究では麻酔薬の前角運動ニューロンにおける作用機序をin vitro 脊髄スライス標本を用いて、電気生理学的に解析した。加えて、麻酔薬の脊髄虚血による前角運動ニューロンの保護作用の有無を電気生理学的解析に検討し、その作用機序も明らかにした。 方法は脊髄スライス標本の作成後、ホールセル・パッチクランプ記録を行った。ラットを麻酔した後、脊髄を摘出し、マイクロスライサーを用いて脊髄横断スライスを作成した。このスライス標本を記録用チャンバーに移して人工脳脊髄液で灌流した。落射蛍光装置を装備した近赤外線顕微鏡を用いて脊髄前角に存在するニューロンを同定し、微小電極を誘導し、ホールセル・パッチクランプ記録を行った。結果はパッチクランプ用増幅器により増幅し、データ解析用ソフトを用いて解析した。 前角運動ニューロンにおける亜酸化窒素、揮発性麻酔薬の作用機序の解析を行った結果、亜酸化窒素はグルタミン酸による興奮性シナプス後電流を増強させた。その一方、揮発性麻酔薬のセボフルランやデスフルランはガンマアミノ酪酸による抑制性シナプス後電流を増強させた。さらに、人工脳脊髄液の酸素とグルコースをそれぞれ窒素とスクロースに置換した模倣液で脊髄スライス標本を灌流し虚血負荷を与えた。虚血開始から細胞死に至るまでの時間を測定すると、亜酸化窒素と揮発性麻酔薬ともこの時間を延長させた。これにより麻酔薬が前角運動ニューロンにおいて虚血耐性作用を有することが明らかになった。
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