研究課題/領域番号 |
26462344
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研究機関 | 奈良県立医科大学 |
研究代表者 |
瓦口 至孝 奈良県立医科大学, 医学部, 講師 (90433333)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 高血糖 / 全身麻酔薬 / 増殖能 / ヒト癌細胞株 / 糖尿病 |
研究実績の概要 |
ヒト培養癌細胞を用いたin vitroの実験系を用いて、高インスリン及び高血糖環境において全身麻酔薬が細胞の増殖能に与える影響について検討を計画した。 まず、吸入麻酔薬であるセボフルランがヒト大腸癌細胞HCT116及びHT29の増殖能に与える影響について検討した。1%セボフルラン6時間曝露後24時間経過した時点での増殖能は亢進していた。HCT116細胞においてATP感受性カリウム(KATP)チャネル阻害薬グリベンクラミド添加により増殖能亢進効果が消失したことからKATPチャネルを介して大腸癌細胞の増殖能を亢進することが示唆された。 次に高インスリン及び高血糖環境単独が、ヒト肝癌細胞株(Hep G2)の増殖能にどのように影響するか検討した。培地のグルコース(100, 200, 300mg/dl)及びインスリン(0.0005, 0.05, 5mg/ml)濃度が異なる状況で培養したが、48時間後の増殖能に変化はなかった。1または2%セボフルランをHepG2細胞に6時間曝露し、グルコースおよびインスリン濃度を調整してControl群(セボフルラン曝露なし)と比較した。有意差はないもののグルコース300mg/dlの培地では1%セボフルラン6時間曝露により増殖能が亢進する傾向があり、さらにグルコース300mg/dl+インスリン0.05mg/mlの条件では有意差をもって1%セボフルラン6時間曝露が増殖能を亢進した。 このメカニズムとして、セボフルランが高インスリン高血糖環境においてグルコース細胞内取り込みを亢進することが増殖能亢進に繋がる、という仮説を立てた。2-デオキシグルコース代謝速度測定キットを用いて、細胞内に取り込まれたグルコース量を比較したが差は認められなかった。増殖能亢進にはグルコース取り込み上昇が関連していないことが分かった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成26年度分の研究実施計画に基づき、吸入麻酔薬であるセボフルランがヒト大腸癌細胞HCT116及びHT29の増殖能に与える影響について検討し、1%セボフルラン6時間曝露後24時間経過した時点での増殖能が亢進していることを見出した。さらにセボフルランの大腸癌細胞増殖能亢進作用のメカニズムとしてATP感受性カリウムチャネルの関与を示すデータを得て、以上の内容については医学系学術雑誌「麻酔』に投稿し2015年5月号に掲載された。全身麻酔薬としてセボフルランのみの検討で、他の静脈麻酔薬を用いた実験は行えていない。また、増殖能を評価するにあたりBrdU Cell Proliferationキットも用いたがデータにばらつきが大きく、信頼に値する結果を得ることが出来なかった。 また、糖尿病を模した培養条件でヒト肝癌細胞を用いて高インスリン及び高血糖環境単独が、ヒト肝細胞癌細胞株(Hep G2)の増殖能にどのように影響するか検討し、グルコース300mg/dl+インスリン0.05mg/mlの条件下での1%セボフルラン6時間曝露がHepG2細胞の増殖能を亢進することを見出した。残念ながら、このメカニズムとしてセボフルランが高インスリン高血糖環境においてグルコース細胞内取り込みを亢進することが増殖能亢進に繋がる、という仮説は立証出来なかったが、以上のデータに関してはJournal of Anesthesiaに投稿し無事アクセプトされた。こちらも静脈麻酔薬に関する検討はまだであるが、高インスリンではなく、主に高血糖環境においてセボフルランが癌細胞の増殖能に影響を与えるであろう、という手応えを感じており、引き続き検討を行っている最中である。
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今後の研究の推進方策 |
平成26年度の研究では残念ながら高インスリン高血糖環境においてセボフルランが癌細胞のグルコース取り込みをさらに促進することで増殖能を亢進する、という仮説は証明出来なかった。しかし、特に高血糖条件においてセボフルランが癌細胞に対して何らかの影響を及ぼすことを確信させるデータを得ることが出来た。セボフルランがpreconditioning作用を発揮することは周知の事実であるが、そのメカニズムとして少量の活性酸素種(ROS)を発生させることで、その後の虚血再還流傷害における酸化ストレスに対する防御態勢を整えることが重要と過去の研究では報告されている。事実同じ吸入麻酔薬であるイソフルランをHEK293細胞に曝露させるとROSレベルが上昇する、という報告もあり、セボフルランも同様に作用すると予想される。 そこで、HepG2細胞を用いて酸化ストレスとして過酸化水素(H2O2)を用いて細胞ViabilityをMTTアッセイを用いて評価し、セボフルラン曝露が酸化ストレスに対して保護作用を発揮するのか、またROS発生にどのように影響するかを検討する。また低酸素チャンバーを用いてHepG2細胞において虚血再還流モデルを作成し、セボフルランの影響を調べる。さらには臨床的な高血糖状態、特にグルコース200mg/dlとコントロール(100mg/dl)を比較し、ROS発生や酸化ストレスに対する応答の違いについて検討する。 時間的余裕があれば、静脈麻酔薬としてプロポフォールが高血糖条件で癌細胞の酸化ストレスへの影響のみならず、増殖能への影響も含めて吸入麻酔薬の場合と違いがあるかについて検討する。また、上記実験計画で有用な知見が得られない場合は、動物実験に向けてストレプトゾトシンを用いた糖尿病ヌードマウス確立を目指す予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
初年度であるため想定した研究計画通り進まない部分が発生した。まず、細胞増殖の評価にBrdU Cell Proliferation kit、またグルコースの細胞内取り込みを測定するのにコスモバイオ社製の2-デオキシグルコース代謝速度測定キットを使用したが、データのばらつきが大きく、これらのキットを用いた検討を中止したため当初の想定より物品費がかからなかった。また、様々な条件での検討を行った結果、使用予定であった癌細胞株のうち膵臓癌細胞株について検討出来ず、細胞株の購入費がかからなかった。以上のように多少の行き詰まりを経験し、最終的に当初の研究計画にはなかった活性酸素種との関連性について現在検討中であるが、この点に着目するまで少し時間がかかり、その間に動物実験の前倒しを検討した時期もあり、経費の無駄遣いを警戒したことで助成金に残りが生じた。
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次年度使用額の使用計画 |
平成27年度の研究計画を遂行するが、当初の予定を変更して各種麻酔薬と活性酸素種との関係について、また虚血再潅流傷害モデルを用いて高血糖状態での麻酔薬の影響について検討する。これらに使用する物品として活性酸素種の測定にOxiSelect Intracellular ROS Assay Kit(1キット10万円)や低酸素チャンバー(見積額で18万円)などの購入費用に使用する。27年度の助成額は26年度より少ないことから、繰り越し額を合わせて同規模の実験を行うことができると考えている。
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