研究課題/領域番号 |
26462386
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研究機関 | 関西医療大学 |
研究代表者 |
樫葉 均 関西医療大学, 保健看護学部, 教授 (10185754)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 疼痛制御機構 / 脊髄後角 / パッチクランプ法 / ラット |
研究実績の概要 |
近年、日本における「疼痛」による負の経済効果が算出されており、それは数兆円に上ると言われている。今や「疼痛」は生物学の領域を超えた社会問題となっており、痛覚情報システムの解明や疼痛緩和に関する研究に取り組む研究者も益々増えてきた。従来、抹消からの痛覚シグナルの伝達や一時的な情報処理は脊髄後角の表層部分が重要な役割を果たしていると考えられてきた。一方、後角の深層領域には広作動域、いわゆるWDRニューロン(Wide Dynamic Range neuron)の存在が知られている程度で、他の神経領域に比べ不明な部分が多い。 これまで我々は、ラットの新鮮脊髄スライス標本を用いてブラインドパッチクランプ法により脊髄後角の疼痛制御機構について検討を進めてきた。脊髄後角の表層のうち特にⅡ層(Rexed による分類)では、一次感覚神経のうち侵害受容ニューロンに含まれるサブスタンスP(Substance P: SP)やカルシトニン遺伝子関連ペプチド(Calcitonin Gene-Related Peptide: CGRP)に膜電流応答するニューロンは観察されなかったが、後角深層においては多くのニューロンがこれらの神経ペプチドに対して興奮性に反応した。これらに事実は、後角深層領域もまた痛覚情報処理システムに深く関わっていることを示唆する。更にこのSPの反応を手がかりに、下行性抑制性ニューロンの伝達物質であるセロトニン(5-hydroxytryptamine:5-HT)やノルアドレナリン(noradrenaline:NA)に対しても興奮性に応答するニューロンが数多く観察され、ただいまこれらの応答を介する受容体サブタイプ等を検討しているところである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
神経回路の解析の基盤データはニューロンの形態でる。例えば、大脳皮質におけるニューロン群の分類はこれまで先人たちの緻密な研究により発展を遂げてきた。それらが基礎となり、近年、局所神経回路の概要が徐々に明らかにされつつある。一方、脊髄後角の神経回路については、大脳皮質のそれと比べると甚だ貧困であると言わざるを得ない。末梢からの痛覚の情報は脊髄後角の表層に入力し、主に後角のⅠ層とⅤ層に位置する投射ニューロンがそれらの情報を視床に伝えることが知られている。しかしながら、後角深層の領域には上で述べたWDRニューロンの他にどの様なタイプのニューロンが存在し、それらがどのような局所神経回路を形成しているのか、ほとんど明らかにされていない。脊髄後角には、グルタミン酸を伝達物質に持つ興奮性ニューロンに加えγアミノ酪酸(GABA)やグリシンを含有する抑制性の介在ニューロンが存在する。我々の最近の実験においても、脊髄新鮮スライス標本にこれら3種類のイオンチャネル型受容体アンタゴニストを同時に作用させると、膜電流を記録しているニューロンの興奮性シナプス後電流(excitatory post-synaptic current:EPSC)や抑制性シナプス後電流(inhibitory post-synaptic current:IPSC)のほとんど全てが消失する。つまり、脊髄後角はこれら3種の作動性ニューロンで構成されていることを示す。そして今、我々が脊髄後角深層に位置し、SP、5-HTやNAに応答するニューロンは興奮性なのか、抑制性なのかを識別しなければならない段階にきているが、当初の実験計画通りに解析は進んでいない。これらの問題を解決する質の高い方法論を手探りの状態で見いだそうとしているところである。
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今後の研究の推進方策 |
当初の実験計画では、ブラインドパッチクランプ法に用いる電極ピペットにバイオサイチン(標識物質)を充填しておき、これでシングルセルを可視化すると同時に、免疫組織化学法によって興奮性あるいは抑制性ニューロンのマーカーとの二重染色で解析を進める予定であった。しかしながら、二重、三重の問題が生じて解析は進んでいないのが現状である。そこで、現在のところ二つの方策を考えている。一つは、パッチクランプ法により記録した細胞の細胞質成分が電極ピペットないに浸潤していると思われるので、これを採取し逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(Reverse Transcription Polymerase Chain Reaction, RT-PCR)法で興奮性あるいは抑制性ニューロンのマーカーを検出する。 もう一つはin situ ハイブリダイゼーション法を用いて、SPの受容体であるニューロキニン1(Neurokinin 1:NK1)受容体と興奮性あるいは抑制性ニューロンのマーカーとの二重ラベリングを考えている。NK1受容体はSP作動性侵害受容ニューロンの入力を受ける二次感覚ニューロンに発現していると考えられる。一方、興奮性ニューロンのマーカーとしては小胞膜グルタミン酸トランスポーター(VGRUT1、VGRUT2、VGRUT3)、抑制性ニューロンのマーカーとしては、小胞膜GABAトランスポーターやグルタミン酸デカルボキシラーゼ(GABA合成酵素:GAD)を考えている。この方法により、侵害性の二次感覚ニューロンや脊髄後角における介在性の興奮性/抑制性ニューロンの局在を明らかにできるのではないかと考えている。
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次年度使用額が生じた理由 |
当該研究課題における研究の「達成度」および「推進方策」で述べたとおり、当初の実験計画を若干修正しながら研究および解析を進めているところである。この様な理由から若干の「次年度使用額」が生じた。「次年度使用額」の割合は、当該年度の直接経費の1割未満(8.3%;約200千円)であり、消耗品等を当該年度内に余裕を持って買い置きすることもできたが、次年度に繰り越すシステムが最近になって構築されたことから次年度に繰り越すこととした。
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次年度使用額の使用計画 |
「次年度使用額」は約200千円程度である。上で述べたように、当初の実験計画を若干修正しながら研究および解析を進めているところであり、RT-PCR法やin situ ハイブリダイゼーション法を更に発展させながら実験を進める予定でいる。よって、 「次年度使用額」の約200千円は、これらの実験を遂行するにあたり、新たな消耗品等の購入に当てたいと考えている。新たな設備備品を購入する計画はない。
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