研究課題
ラット小脳虫部のスライス切片を作成し、前庭小脳領域のプルキンエ細胞にパッチクランプを行い、同様に低酸素低グルコース (Oxygen-Glucose Deprivation; OGD)細胞外液を還流さ、プルキンエ細胞における自発性興奮性シナプス後電流(spontaneous excitatory postsynaptic current: sEPSC)を記録した。sEPSCは短時間のOGD刺激により顕著な増加を示すことが示された。一方、前庭小脳以外のプルキンエ細胞におけるsEPSCは、OGD刺激で若干の頻度の上昇を認めたが、前庭小脳領域の反応に比べ有意に小さく、領域特異性を認めた。ここまでの実験結果を背景に、sEPSCの起源となるプルキンエ細胞における興奮性シナプス前入力である顆粒細胞において、OGDによる変化を観察した。まず始めに、前庭小脳領域の顆粒細胞をパッチクランプし、電流固定した状態で自発発火を観察した。一般に顆粒細胞はシナプス前入力であるmossy fiber inputからの興奮性入力のない状況では自発発火は生じない。前庭小脳領域でも同様であった。観察記録したすべての顆粒細胞で自発発火は観察されなかった。この状態下でOGD細胞外液を還流させたところ、ごく一部の顆粒細胞で発火が観察された。顆粒細胞からプルキンエ細胞への興奮性入力は1つのプルキンエ細胞当たり10万程度あるとされ、ごく一部の顆粒細胞入力が出現するだけで十分大きなsEPSCの増加となると見込まれる。従って、今回観察されたOGD外液還流下での顆粒細胞の発火は、sEPSCの増加を説明するメカニズムとして矛盾しないと考えられた。一方、一部の顆粒細胞にのみ反応が現れた原因として、前庭小脳領域の顆粒細胞層に存在する興奮性介在ニューロンのunipolar brush cell(UBC)の存在が考えられた。
2: おおむね順調に進展している
椎骨脳底動脈循環不全による眼振を含めた中枢性めまい症状の発生から自然経過での改善に関する病態生理を明らかにすることが本研究の主題である。前庭系中枢において、最も虚血に対して脆弱性を持つと予想される領域は、神経細胞、神経細胞連絡が非常に密に存在する小脳領域、特に前庭小脳領域である。本実験計画では、ラットの前庭小脳領域の神経細胞において、虚血刺激として低酸素低グルコース (Oxygen-Glucose Deprivation; OGD) 細胞外液の還流を行い、これにより生じる一過性の発火特性変化を明らかにし、次にこれが発生するメカニズムを解析する方針である。昨年度までの実験で、プルキンエ細胞における興奮性入力であるsEPSC(自発性興奮性シナプス後電流)が、虚血刺激により前庭小脳領域で一過性に増大するという特徴的な変化が確認された。今年度の実験では、このメカニズムとしてプルキンエ細胞のシナプス前細胞である顆粒細胞におけるODGによる膜特性の変化を調べた。一部の細胞ではあるが、OGD還流に伴い自発発火が記録される顆粒細胞が確認された。これは、プルキンエ細胞の興奮性入力の多さを考慮した場合、ODG刺激に伴うsEPSCの増加を説明する十分な根拠となる現象と考えられた。また、このようなOGDによる顆粒細胞における自発発火は、前庭小脳でのみ観察され、それ以外の小脳領域では観察されなかった。従って、顆粒細胞における反応も前庭小脳特異的な現象であり、従って、前庭小脳が特に虚血性刺激に脆弱であることを示唆する所見の一つと思われた。以上より、本研究の主題に対する実験結果が順調に得られていると判断される。
無酸素無グルコース(Oxygen-Glucose Deprivation; OGD)細胞外液還流による一過性虚血刺激実験で、前庭小脳プルキンエ細胞における自発性興奮性シナプス後電流の増加が観察された。さらに、この現象は前庭小脳領域のプルキンエ細胞に優位に観察された。実験条件下では、プルキンエ細胞への興奮性入力は顆粒細胞における自発発火の変化に起因する。前庭小脳領域は、他の小脳領域と異なる線維連絡を持ち、また発生学的、形態学的にも他の小脳領域と多少異なる性質を持つ。特に、小脳皮質顆粒細胞層におけるUBCの存在は前庭小脳に特異的であり、先の実験結果との関連が示唆される。興奮性介在ニューロンであるUBCは、顆粒細胞の興奮性の制御に重要な役割を演じていると推定される。これまでの実験で、前庭小脳顆粒細胞において、OGD刺激により自発発火を生じる細胞が確認できた。従って、今後の研究の推進の方策として、本年度明らかになった前庭小脳の一過性虚血時の顆粒細胞における興奮性変化に着目し、そのメカニズムを詳細に明らかにしていくことを考える。まず、OGD刺激時に、顆粒細胞層の興奮性介在ニューロンであるUBCの発火頻度に何らかの変化があるかを検討する。具体的には、まずUBCからの電気記録を確立させる。顆粒細胞層の中に散在するUBCは、解剖学的な特徴のほか、多数の電気生理学的な膜特性を持つ。これらはパッチクランプ実験下での膜抵抗や発火特性で確認できる見込みである。UBCからの記録法を確立後、プルキンエ細胞での実験と同様にOGDによる虚血刺激に対する反応を測定する。
本年度の実験系における試薬品の使用量、薬価が当初予定より少なかった。一方で、次年度予定された実験ではNMDA受容体選択的阻害剤やAMPA受容体選択的阻害剤などの特殊な製剤を大量に使用予定であるため、繰り越しとした。また、当初発表予定だった国際学会での報告は十分な実験データがそろわなかった為、次年度以降に延期となった。
研究の後半において、選択的阻害剤を使用したより厳密な薬理実験を予定しており、消耗品としての薬品購入額に上乗せ予定である。具体的にはイオンチャネル型グルタミン酸受容体拮抗薬として、NMDA受容体選択的阻害剤やAMPA受容体選択的阻害剤を使用予定である。さらに代謝活性型グルタミン酸受容体拮抗薬として、groupI mGluR選択的阻害剤なども使用予定である。また、本実験により十分なデータの蓄積ができれば、北米神経科学会あるいは耳鼻咽喉科国際学会など、海外での国際学会に発表する予定であり、そのための旅費としても使用予定である。
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