研究実績の概要 |
強度近視は,眼軸長の過伸展により,網膜や脈絡膜の病理的変化を来たし,黄斑変性症,緑内障,網膜剥離など失明につながる合併症のリスクとなる。近視進行の著しい学童期にこれを抑制し,将来の疾患リスクを軽減することは,社会的にも大きな課題となっている。 アトロピン点眼液は網脈絡膜における眼軸長の視覚制御機能に係る神経伝達回路(ムスカリン受容体)を阻害することで網膜像のボケに対する眼軸長の過伸展を抑制し,近視進行を強く抑制することが基礎実験や臨床比較試験によって判明している。しかし,点眼液の副作用である散瞳効果による羞明や調節麻痺作用による近見障害などの問題から,これを学童の近視予防治療として使用されることは稀であった。ところが近年,ATOM studyによれば,点眼液の濃度を100倍に薄めた0.01%アトロピン点眼液が,副作用なしに平均60%程度近視進行を抑制し,点眼中止後もリバウンドがないことを報告した。 本研究では、国内の近視学童に対して0.01アトロピン点眼液の近視予防効果や眼軸長過伸展予防効果がどの程度あるかどうか,さらに副作用の問題について検討する。これまでの研究の経過としては,研究デザイン,研究に必要となる統計に関する情報収集,海外における研究の進展状況を考慮した場合の対象者判断基準について検討した。また成人ボランティアに対し,0.01%アトロピン点眼液点眼後の調節力や瞳孔径の変化に対する他覚的検査データーを得ている。検討結果によれば、調節や瞳孔径に関する影響は小さく,大きな調節力を持つ小児に対しては問題となる症状はないことを明らかにできた。 近視予防治療が最も必要となる中等度以上の近視症例を対象にし、ランダム化比較対照試験を計画、本年1月に川崎医科大学倫理委員会および川崎医科大学総合医療センター医療審査委員会の承認が得られたので、現在被検者募集中である。
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今後の研究の推進方策 |
本年1月に川崎医科大学倫理委員会および川崎医科大学総合医療センター医療審査委員会から承認が得られたので、同年2月より近隣の診療所の協力を得て参加者募集を開始した。参加者は中等度以上の近視を持つ学童50名(6~12歳)を6か月をめどに募集する。 参加者は無作為に2群に分け、一群にはシンガポール国立眼研究所の好意により輸入した0.01%アトロピン点眼液(Myopine)を処方し,就寝時に両眼に一日1回点眼させる。他群は対照群として眼鏡処方のみで,無処置で経過観察を行う。参加者は3か月毎に12か月間通院させ、調節麻痺下の自動レフラクトメータ測定による屈折度(ジオプトリ)とレーザー光干渉計(Zeiss IOLmaster)による眼軸長(mm)の測定を行う。さらに問診、瞳孔径の測定、調節ラグの測定により副作用の調査を行う。介入開始後12か月を経た時点で、治療群と対照群を入れ替え、すなわち治療群では点眼を中止し、対照群で0.01%アトロピン点眼液による介入を開始する(cross over design)。各期間の近視進行速度と眼軸長の伸展速度を求め、治療効果た治療中止後のリバウンド効果の程度を明らかにする。 参加者獲得の状況により若干の前後はあるが、中間結果(parallel 2群)が判明するのは平成31年4月ごろ、最終結果(cross over 2群)が判明するのは平静32年4月ごろの予定である。
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