腫瘍で舌を切除した場合、その切除範囲が大きければ、術後に咀嚼・嚥下・構音などの口腔機能に著しい障害を引き起こすことはよく知られていることである。それを補う方法として、前腕皮弁や前外側大腿皮弁、腹直筋皮弁などの遊離皮弁移植、大胸筋皮弁などの有茎皮弁移植、または舌接触補助装置の使用などが行われている。しかし従来の方法では、術直後のリハビリテーションで嚥下機能の回復が得られたとしても、咀嚼や構音などに問題が残ったり、術後長期間経過するうちに移植した組織が萎縮し、再び嚥下が困難となったりすることが多い。たとえ治療によって癌の再発が抑えられ、生命予後が長くなったとしても、嚥下・咀嚼・構音などに支障をきたすと患者のQOLは低下し、治療に対する満足度は低くなりがちである。 そこで我々は、舌を一臓器と考え、舌切除後に神経付きの他家移植を行い、舌そのもの全体の構造を再現することで舌切除部の機能回復が得られるのではないか、すなわち動静脈や表面粘膜、内舌筋だけでなく、外舌筋や神経などの断端もできるだけ正確に縫合することで、舌本来の細やかな動きを回復させることができるのではないかと考えた。 ところが、実際にイヌを用いて舌の他家移植を試みると、術直後は移植した舌の血流に問題がないものの、翌日より舌の浮腫が強く出現し、移植舌が壊死したり個体が死亡したりすることがほとんどであった。もっとも良好なもので2週間生着したまま生存したが、突然死亡し、移植舌の機能評価までは至らなかった。その原因としては、1)移植舌を小さくすることで浮腫の影響を最小限にしようと試みた結果、舌静脈の枝である舌深静脈を傷つけてしまい、血流不良に陥ってしまった、2)経口摂取制限をするために胃瘻から水分や栄養を補給していたが、その量が不足し脱水傾向にあった、という可能性が考えられた。
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