研究課題/領域番号 |
26506012
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研究機関 | 広島大学 |
研究代表者 |
長沼 毅 広島大学, 生物圏科学研究科, 准教授 (70263738)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | キラリティ / アミノ酸 / 翻訳語修飾 / 宇宙生命 |
研究実績の概要 |
本研究は、全地球生物に共通とされるアミノ酸の「Lキラリティ」に対し、論理的にはあり得る「Dキラリティ」の意義を実証的に考えることを目的としている。本年度は、アミノ酸分析装置(高性能液体クロマトグラフ)にトラブルが連発したため、「Dアミノ酸でよりよく成長する微生物」を新たに分離・純粋培養し、コレクションを拡充するという当初計画を変更し、「Dアミノ酸のほうがよく育つ」ことの生化学的および分子生物学的なメカニズムに焦点を絞ることにした。 使用した生物は我々が採取した「A25株」と呼んでいるDアミノ酸のほうがよく育つ珍しい微生物(Raoultella ornithinolyticaに属す)である。これを様々な条件で培養し、Dアミノ酸代謝に関する酵素の遺伝子の発現量を比べた。Dアミノ酸代謝に関する酵素には、「D/Lの両方向変換」を担う「ラセマーゼ」を想定し、参照比較遺伝子には、細胞内で常に一定量が発現していると期される(ハウスキーピング遺伝子)16S rRNA遺伝子、recA、gyrB、rpoDの4つを選んだ。Raoultella ornithinolyticaのゲノム情報から、ラセマーゼ遺伝子の塩基配列を取得し、それを元にPCRプライマーを設計・作成した。また同様に、16S rRNA遺伝子、recA、gyrB、rpoDについてもPCRプライマーを設計・作成した。これらのプライマーを使って、定量PCRという手法を用いて、遺伝子の発現量を調べた。本年度はグルタミン酸のラセマーゼに的を絞って培養を行った。その結果、一般的な無機液体培地(硝酸態窒素あり)にLグルタミン酸を加えたもの〔事実上のコントロール試験〕に比べ、硝酸態窒素なしの方は、遺伝子の発言量が半減した。また、Lグルタミン酸の代わりにDグルタミン酸を加えたものについては、窒素のあるなしに関わらず、遺伝子の発現量は4~5倍に増大した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は、分析装置のトラブルにより当初の研究計画を変更せざるを得なかったが、“アミノ酸の「Lキラリティ」に対する「Dキラリティ」の意義を実証的に考える”という研究目的の達成度という観点からみれば、おおむね順調に進展していると評価できる。というのは、「Dアミノ酸でよりよく成長する微生物」を新たに分離・純粋培養し、コレクションを拡充するという計画は、本年度でなくても研究目的には全く支障はなく、逆に、計画を変更して行った本年度の研究は、予期せぬ問題を発見するという非常に意義ある研究結果をもたらしたからである。本年度行ったグルタミン酸のラセマーゼの遺伝子発現量の比較実験の結果、一般的な無機液体培地(硝酸態窒素あり)にLグルタミン酸を加えたもの〔事実上のコントロール試験〕に比べ、硝酸態窒素なしの方は、ラセマーゼ遺伝子の発現量が半減し、Lグルタミン酸の代わりにDグルタミン酸を加えたものについては、窒素のあるなしに関わらず、ラセマーゼ遺伝子の発現量は4~5倍に増大した。窒素なしでLグルタミン酸を加えたものはLグルタミンしか窒素源がない以上、これをDに変換することの優先度が低いため、遺伝子亜つ減量が半減したと理解できる。また、Dグルタミン酸を加えたものについてはDしかないのだから、DをLに変換するラセマーゼの遺伝子発現が活性化したと理解できる。ところが、発現量一定のはずのハウスキーピング遺伝子のうち、recA、gyrB、rpoDの発現量がDグルタミン酸添加で増大するという予想外の結果が得られ、これまで予期しなかった新たな大問題を見つけてしまった。この理由やメカニズムは不明であり、本研究目的達成への新たな課題が発見され、生物学の謎へ挑戦でもある本研究の内容が自ずと深まることになった。ちなみに16S rRNA遺伝子の発現量だけは全培養条件でほぼ一定であり、これが唯一の参照コントロールになった。
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今後の研究の推進方策 |
本研究において、今後は、本年度行う計画であった「Dアミノ酸でよりよく成長する微生物」を様々なサンプルから新たに分離・純粋培養し、コレクションの拡充を図るとともに、コレクション菌株のD/L 比を測って高いものからランキングし、さらに、ランクの高い菌についてはD/L 比がさらに高まるような培養条件を網羅的に探っていく。これには、(1)D/L 別々の培養をして増殖速度を比較する、(2)対象菌の全アミノ酸のD/L 比を高速液クロ-液クロ〔HPLC-LC、二次元LC〕で測定する、(3)非遊離アミノ酸〔タンパク質・ペプチド性アミノ酸〕について同様に測定することで実施する。さらに、(3)を発展させて「タンパク質のアミノ酸配列におけるDアミノ酸の位置」を同定するため、プロテインシークエンサーとD/L 分離カラム(キラル・カラム)を組合せた新テクニック・新システムの開発も合わせて行う。 また、本年度の研究結果得られた「ラセマーゼ遺伝子」の発現メカニズムの詳細を調べ、他のDアミノ酸代謝関連の遺伝子を調べていく必要もある。 一方、本年度の実験により発見した、これまで予期しなかった新たな大問題である「発現量一定であるはずのハウスキーピング遺伝子recA、gyrB、rpoDの発現量が、Dグルタミン酸添加で増大する」というその理由やメカニズム解明について検討していく予定である。
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