本研究ではこれまでにDアミノ酸 の中でもDグルタミン酸を唯一の炭素源として生育する微生物に興味深い遺伝子発現がみられることを明らかにしてきた。そこで5年度目(最終年度)は、これまでに調べた2種(Raoultella ornithinolyticaとPseudomonas aeruginosa;株数は3株)の微生物とは異なる大腸菌の中でもDアラニン酸を唯一の炭素源として生育できるEscherichia coli W3110株(NBRC 12713)に着目し、Dアラニン代謝に関わるDアミノ酸脱水素酵素、アラニンラセマーゼおよびDアミノ酸を細胞壁の構成成分にするUDP-N-アセチル-α-D-ムラモイル-トリペプチド-D-アラニル-Dアラニンリガーゼの遺伝子(順にdadA、dadXおよびmurF)の発現量を、リアルタイム逆転写定量PCRの比較Ct法(⊿⊿Ct法)により測定した。 この定量の結果、W3110株の成長曲線における定常状態初期でdadAとdadXが約2倍、murFが約6倍ほど多く発現していることがわかった。この結果を得るまでは、「Lアミノ酸とDアミノ酸を可逆的に変換する酵素ラセマーゼ」の遺伝子(dadX)がいちばんよく発現すると予想していた。しかし、本研究で得られた結果は予想を覆して、エネルギー代謝(ATP生産)ではなく細胞壁合成に関わる酵素遺伝子の発現が顕著なのであった。大腸菌E. coli W3110株にとって、エネルギー消費(ATP消費)してまで細胞壁合成に関連する酵素の遺伝子発現を増やすことにどういうメリットあるいは必要性があるのか、現時点ではまだうまく説明できないのである。本研究は最終年度に新たな謎を見つけて終了するが、このことがDアミノ酸生物学のさらなる発展に寄与することが期待される。
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