研究課題
宇宙放射線に対する遮蔽防護技術の確立は、人類が低地球軌道(LEO: Low Earth Orbit)以遠の宇宙へ進出するために必須の研究課題である。地磁気圏外を飛行する有人惑星探査ミッションでは、国際宇宙ステーション(ISS、地球低軌道を飛行)よりもはるかに過酷な放射線環境であり、「宇宙放射線による被ばく」が最も大きなリスクおよびハザードとなる。宇宙放射線に対する防護として、「被ばく線量評価モデルの構築」と被ばく線量をできる限り低減するための「遮蔽材料の検討」を研究課題とした。研究計画として、①実測結果に基づくモデルの構築、②遮蔽材料基礎データの取得と物性評価、③宇宙実験による評価検討、④宇宙実験の計画および国際協力体制の構築、の4つのステップを挙げた。今年度の成果として、ステップ①に相当する、ISS日本実験棟「きぼう」の遮蔽厚や重量・構造等のジオメトリをよく反映したバーチャル「きぼう」と粒子・重イオン汎用モンテカルロコードPHITSを導入した「宇宙放射線被ばく線量シミュレーションモデル」を構築し、2008年6月から2013年9月までに取得したISS日本実験棟「きぼう」船内定点環境モニタリング結果(6か月毎の積算線量およびLET分布)のベンチマーク比較により、課題抽出と改修を行った。「きぼう」船内で実施された様々な組織等価ファントムによる深部線量計測実験結果と、シミュレーションによる評価線量との詳細比較も行い、これまで不確かであった吸収線量と飛行高度、太陽活動、遮蔽厚との相関を線エネルギー付与領域ごとに評価した。ステップ②として、「きぼう」の平均遮蔽厚を持つ仮想宇宙船の計算体系を構築し、船壁の材料の種類や厚さ、遮蔽場所の変化による被ばく線量の変化を評価した。これらの計算結果に基づく効果的な遮蔽材料を重合し、遮蔽能評価のための地上照射実験の立案に着手した。
1: 当初の計画以上に進展している
本研究計画の実施にあたり、①-④のステップ(3年間、平成26~28年度)を計画した。当初の研究計画通り、ステップ①、②に着手し、これらの研究進捗状況およびプレリミナルな成果を国内学会4件および国際学会6件、本研究に関連する査読論文および出版物3件(内1件は投稿中)に報告できた。①「宇宙放射線被ばく線量シミュレーションモデル」の実測結果に基づく構築【平成26年度】②遮蔽材料の基礎データの取得と組み合わせ物性評価【平成26、27年度】③ISS搭載用遮蔽球体構造の設計検討と宇宙実験による遮蔽効果の定量評価検討【平成26/27年度】④ISSにおける宇宙実験計画の立案と国際協力体制の構築 【平成28年度】また、国際宇宙ステーション船外の宇宙放射線計測を実施できる機会を得たため、船内と船外の同時計測による国際宇宙ステーション船壁の遮蔽能を実測で評価できることとなった。これらの結果もステップ①で活用でき、これまで評価できていなかった船壁の遮蔽能についても本研究に反映できることが期待できる。そのため、区分(1)と評価した。
平成26年度に構築した「宇宙放射線被ばく線量シミュレーションモデル」と「きぼう」の平均遮蔽厚(アルミ22.67g/cm2)を持つ仮想宇宙船の計算体系を用いて、基本遮蔽材料(水、ポリエチレンブロック、アルミ、鉄、鉛)の厚さを変えた遮蔽材(1~30g/cm2)を船内壁に付加し、太陽活動最小期および最大期の中心部の被ばく線量を評価した。これらの計算結果から、宇宙放射線の構成粒子である陽子および重荷電粒子に対する遮蔽について以下の知見が得られた。- 陽子: 鉛以外では、どんな材料を使用しても~15g/cm2までの遮蔽材付加では~40%程度吸収線量が低下する、10keV/μm以下の線量に対して効果が高い。-重荷電粒子:15g/cm2からさらに遮蔽厚を追加しても、二次粒子の発生により遮蔽厚の増加共に深部線量が上昇し、有効な遮蔽効果は得られない。この結果に基づきい、効果的な遮蔽材料のひとつとして、日本独自の新しい宇宙用遮蔽材の構築を試みた。平成26年度に疑似月面土壌成分(構成成分がもっとも近いFJS-1シュミラント)を用いた①コンクリート(ルナコン)、② ジェル形状(ルナジェル)を重合・製作した。①については、より線量低減に寄与できるよう製造方法を工夫し、従来のコンクリートより残留水成分が高くなっている。核反応を起こしやすく陽子・中性子に対する遮蔽効果が期待できる。②については、宇宙実験への搭載性を考慮して、形状加工がしやすい組成比を検討した。平成27年度は、新しく重合した疑似月面土壌成分の遮蔽材料とともに、水やポリエチレンブロックをつかった陽子(70~230MeV/n)の照射実験を行い、これらの遮蔽材料の遮蔽能を定量的に評価する。本研究の成果は、次世代有人宇宙船および居住モジュールにおける最適な船壁の材料および厚さを決定するための放射線防護技術の獲得に直結することが期待される。
物品費、旅費、その他の残額の合計である。
平成27年度の物品費として使用する。
すべて 2015 2014 その他
すべて 雑誌論文 (1件) (うち査読あり 1件) 学会発表 (13件) (うち招待講演 1件) 図書 (1件) 備考 (1件)
Journal of Physics G
巻: 42-2 ページ: 1-9
10.1088/0954-3899/42/2/025002
https://ssl.tksc.jaxa.jp/spacerad/NI005.html