本課題の目的は,江戸期の石高・人口データ等を元に当時の人口動態・生産システムを統計・ネットワーク科学のアプローチから理解することである.本課題の研究背景として,地域の人口や災害・疫病・風土・生産・気象等を包括的に叙述する「地誌」の研究があり,特に近世江戸期について日本は世界史的に類を見ないほどの史料がある.一方で史料は地域固有の言語・文化に根ざしており,数量的記述についても標準化・規格化されていない.そのため国際間や時代間での比較が難しく,個別地域・事例毎の叙述的研究に留まる危険性が高い.これを克服するためのアプローチとして,数学をベースにGIS分析の現状から抜けだし地域の普遍的記述の開発が望まれている.本研究では村落間の繋がりをグラフとして記述しコミュニティ解析する事で,村落クラスタを同定する.その結果を時代間・地域間比較を行うことで.地域固有の史料の背後にある普遍的現象への質的理解に繋げたい. 研究実績として,京都愛宕郡そして天草地方の地誌を対象にした村落クラスタ解析を行った.地誌の翻刻と電子化,各村落の位置情報の特定と入力,当該地域の古地図から復元した古道路情報の電子化作業等を進めた.そのデータに基づき,当時の交通網ネットワークの推定と村落クラスタを同定した.この結果は,当時の行政単位である「組」組織と整合した.特に天草地方については,1691年,1827年、1869年のデータが利用可能であることから,年代間の村落クラスタ変化を調べた.結果として,御領を中心とする最大クラスタは年代に変わらず安定である一方で,上島については1691年から1827年までの変化として1から2クラスタに増加している.これは1637年当時の人口減からの復興によるものと推測される.これらの成果は、地形・自然環境等に応じて人はどのように住むのか?いう疑問に繋がり、さらなる数理モデル研究の課題を提起することとなった。
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