研究課題
本研究は,エピソード記憶がもっている,過去の記憶を再体験するかのごとく想起する機能を,ノスタルジア感情というヒト特有と予想される感情機能との関連から,実験的手法によって明らかにしようとするものである.エピソード記憶はメンタルタイムトラベル(mental time travel)という用語に代表されるように,過去を再体験するかのごとく思い出すという想起意識(autonoetic conscioiusness)が重要であるが,なつかしさ(ノスタルジア)を強く有した場合に特にこの再体験感という特徴があらわれやすいと考えられる。本年度は第1に,なつかしい記憶を想起することによる幸福感の向上について検討を行った。参加者になつかしい出来事(なつかしいエピソード記憶)を想起しそれを筆記することを求めた。この作業は7日間連続して行った。大学生を対象とした実験では,なつかしい記憶想起を連続して行うことで,1週間後の幸福感が向上していることが見いだされた。また,高齢者を対象とした実験では,実験前の幸福感が中程度の高齢者において,なつかしい記憶の連続想起後に幸福感の向上が見られた。第2に,なつかしい記憶想起による時間割引課題への影響を検討した。時間割引課題は未来の報酬と現在の報酬を比較する課題であり,詳細なエピソード記憶想起と関連することが最近報告されている。そこで,詳細な記憶想起をともなうなつかしい記憶想起を行ったところ,時間割引率が低下した。すなわち,報酬を待てることが明らかとなった。これらの結果はなつかしさを伴うエピソード記憶想起が単に「記憶」だけでなく,幸福感や意思決定といった他の心理過程に影響を与えるものであると考えられる。エピソード記憶の機能が多くの心理過程の基礎となっている可能性を検討した。
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