本研究は、脳内表現モデルとして大規模言語データベースに基づく単語共起ネットワークを導入し,長文読解時の記憶形成に関する連想記憶回路モデルの構築を行うことを目的とした。平成26年度は長文読解中の脳波計測実験を行い、共起語ネットワークおよび確率的言語モデルに基づく解析から、記憶関連の脳波成分がシータ帯域(4~8Hz)およびアルファ帯域(9~13Hz)に現れることを明らかにした。平成27年度は確率的言語モデルに基づく単語表現を海馬神経回路モデルの入力とした場合に、同表現が長文読解の記憶に寄与するかどうかを計算機シミュレーションにより調べた。モデルへの入力は、被験者実験で得られた眼球運動時系列を用いた。モデルではシータ位相歳差と呼ばれる時間圧縮メカニズムを導入し、約数百ミリ秒間隔で変化する単語情報を、シナプス可塑性を促すのに最適な時系列(数ミリ~数十ミリの時間変化)に変換して、海馬連想記憶回路に記憶貯蔵した。結果として、長い文章列を記憶貯蔵するためには、逐次入力される単語特徴の他に、時間経緯を表す内因的な入力が必要であることがわかった。この内因的な入力を導入した場合には、数百ユニットからなる神経回路モデルにおいて、6分程度の単語列の記憶貯蔵および想起が可能になることを明らかにした。得られた神経回路では、時間経緯ユニットから単語特徴へ、また、頻度の高い単語特徴から低い単語特徴への結合が一方向的に強まることがわかった。これは、単語列のような複雑な構造を持った記憶から、秩序だった想起パターンを得るために必要な構造だと考えられる。以上の結果は、単語共起ネットワークが長文記憶の神経ダイナミクスを明らかにするための有効な神経表現モデルとなり得ることを示す。
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