本研究の具体的目的は、電気的前庭刺激(GVS)を用いて内耳にある前庭感覚器を刺激した際の姿勢制御反応が、指先への体性感覚入力から受ける影響を明らかにすることであった。 前庭感覚は姿勢制御に大きな役割を果たしているが、そこに体性感覚が与える影響は十分調べられていなかった。そこで、姿勢が安定した座位で前庭感覚器に刺激を与えたときに、指先を安定面に触れることで姿勢反応が大きくなる事態を検討することで、前庭感覚と体性感覚の相互作用を明らかにした。その体性-前庭相互作用は反射ではなく、脳皮質で起きる高次な処理であることを仮定し、刺激入力の左右差を検討することでその仮説を検証した。また、脳損傷患者を対象とすることで姿勢制御反応に関する体性-前庭感覚の統合的処理の神経メカニズムを検討した。具体的には、前庭皮質損傷患者と健常成人において、個人差はあったが、GVSによる姿勢傾斜反応が指つきによって増大する結果を得た。右半球優位、左手指への体性感覚入力が右よりも強く姿勢制御反応を引き起こすことが示された。 最終年度は、健常成人6名と健常高齢者3名のデータを追加し、前年度までの結果と一致する傾向が得られた。 これまで前庭処理は体の動きに伴う眼球や頸部の運動を引き起こすものとして、自動的な反射に関わるもとの考えられてきたが、本研究により体性感覚が皮質レベルで前庭処理に影響を及ぼすことが明らかになった。皮質での情報の統合は、複雑な処理が可能であることと高次機能への影響を示唆しており、前庭感覚入力がない状態、例えば寝たきりの状態や、微小重力下や無重力状態で長期間生活することが運動・感覚機能だけではなく高次認知機能にも影響を与える可能性を示唆する。
|