本研究は、海洋有機物が糖ペプチドの働きによって保護され、酵素による分解から免れ海水中に蓄積しているとする仮説を立て、海洋有機物に含まれる糖ペプチドの化学的性質を明らかにすることで仮設の検証、すなわち糖ペプチドが海洋有機物の蓄積に果たす役割の解明を行うことを目的としている。海洋有機物中に糖ペプチドが存在することはこれまでの研究から明らかとなっているが、糖ペプチドの糖鎖およびペプチド鎖部分の分子量や鎖長など構造は全く分かっていない。本研究では海洋有機物の分解プロセスのうち、初期に位置する表層懸濁態有機物試料を使用して、含まれる糖ペプチドの糖鎖の構造解析を試みた。様々な抽出法を用いて懸濁態有機物試料分画し、トリフルオロメタンスルホン酸を用いて化学的に糖ペプチドから、N-結合型およびO-結合型糖鎖を遊離させて精製後、糖鎖を蛍光標識して電気泳動することで、糖鎖の分子量による分離に成功し、グルコースが3から13繋がった多糖の移動度とそれぞれ一致した移動度をもつ糖鎖を検出することができた。これらの糖鎖は実験条件と移動度から酸性糖などで末端が修飾されていない糖鎖であることが考えられる。検出できた全糖鎖を炭素量に換算したところ、同海洋有機物試料に含まれるすべての糖の炭素量のうち1.6%に相当することが見積もられた。したがって海洋有機物に含まれる多くの糖は本法では検出できていないことが明らかとなったが、適用した実験条件からこれらの未検出糖は本電気泳動法で検出されない単糖もしくは電気泳動されない程巨大な分子量をもつ糖鎖として存在しているものと予想される。しかしながら懸濁態有機物に存在する多くの糖が単糖として蓄積していることは考えにくく、本結果は巨大糖鎖が懸濁態有機物の中に多く存在する可能性を示唆している。
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