長期間無施肥で水稲栽培を続けると、収穫物に含まれる窒素が系外に持ち出されるため水田内の窒素が減少し、収量は極めて低くなることが予想されるが,無施肥歴40年にも関わらず毎年約480kg/10aの収量を安定的に得ている農家がある。本研究では、長期無施肥でも高収量が維持できるメカニズムを明らかにするために,収量性の異なる5つの長期無施肥水田と1慣行栽培水田の計6水田について経時的に雨水、灌漑水、土壌、稲に含まれる窒素量を求めると同時に,リターバック試験により稲藁の分解速度、静置培養試験により窒素無機化率を求め,水田間の窒素収支を比較した。 無施肥多収水田では、生育初期における土壌からの無機態窒素の供給が大きく、そのためイネの窒素吸収量が低収水田よりも約4倍高く、慣行水田とほぼ同等であった。多収水田では低収水田に比べ、稲藁窒素濃度が1.2倍、稲藁生産量が約1.7倍高かった。したがって、稲藁分解により低収水田に比べ約2倍の窒素量の流入を可能にしていた。 リターバック試験の結果では多収水田の稲藁の分解速度が有意に高く、稲藁投入後8週目には低収水田よりも約10%多くの稲藁が分解・無機化されていた。慣行水田では土壌中の無機態窒素量は7月以降急減したが、多収水田では湛水後徐々に増加し、その後も慣行水田よりも高い値で推移、土壌からの高い窒素供給が生育後半でも維持されていた。流入する灌漑水や雨水の窒素濃度に水田間の有意な差は認められなかった。イネが吸収した窒素量は、低収水田に対し多収水田で約4倍だったが、この差の要因を稲藁中窒素の分解・無機化の経路で約58%を説明することが出来た。しかし残りの42%の窒素流入経路は不明であり,水田内に自律的に生じる窒素固定の関与が推察されるが,今後の検証が必要である。
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