研究課題/領域番号 |
26560144
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
南 雅代 名古屋大学, 年代測定総合研究センター, 准教授 (90324392)
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研究分担者 |
加藤 丈典 名古屋大学, 年代測定総合研究センター, 准教授 (90293688)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 火葬骨 / 放射性炭素年代 / 炭酸ヒドロキシアパタイト / 赤外スペクトル / XRDパターン |
研究実績の概要 |
本年度においては, 1)骨の炭酸ヒドロキシアパタイト中の炭素のみを抽出する手法の確立,2)年代既知の実試料を用いた本手法の有効性の確認, 2)粉末X線回折(XRD)やフーリエ変換赤外分光(FT-IR)を用いた骨アパタイトの結晶化度解析,を行った。 1)骨試料から二次生成炭酸塩ならびに吸着炭素等を除去し,骨の炭酸ヒドロキシアパタイト中の炭素のみを抽出するための方法として,試料骨粉を真空下で0.1M酢酸と1時間反応させ,その後,骨残渣を真空下でリン酸と反応させる方法を確立した。 2)1)の手法を奈良県生駒郡三郷町の持聖院に保管されている蔵骨器内の火葬骨(AD1155-1213に生存した貞慶の遺骨であると推定)に適用した。その結果,炭酸ヒドロキシアパタイトの炭素14年代は6試料とも貞慶の没年と誤差範囲で一致する結果(1155-1280 cal AD)となった。以上のことから,1)の手法により,試料に沈着する二次的な炭酸塩を効果的に除去することが可能であり,骨の炭酸ヒドロキシアパタイトを用いた高確度な炭素14年代測定が実現可能であることが示された。 3)2)の結果から,本研究で用いた火葬骨は,外来炭素の汚染が炭酸ヒドロキシアパタイトの結晶内部にまで及ぶものではなかったことが示唆される。このことを調べるため,火葬骨中のアパタイトの結晶化度をXRDパターンおよびFT-IR スペクトルから調べた。その結果,今回用いた火葬骨のXRDパターン,FT-IR スペクトルは,高温(600℃以上)で1時間半加熱した現生イノシシ骨から得られたXRDパターン, FT-IR スペクトルに類似していた。以上のことから,火葬骨は高温で加熱されたことによりアパタイトの結晶化が進んでおり,結晶性が高かったために,外来炭素による汚染を受けにくく,炭酸ヒドロキシアパタイトを用いた高確度な炭素14年代測定が可能であったということが明らかになった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今年度においては,”骨の炭酸ヒドロキシアパタイトから炭素を抽出する手法の確立”,”XRD,FT-IRによる骨アパタイトの結晶化度解析法の確立”,を主たる目的としていたが,いずれも順調に研究が進み,当初の予定では来年度に行う予定であった”年代既知の実試料に対する骨の炭酸ヒドロキシアパタイトの炭素14年代測定”まで実施することができた。得られた結果は,本研究課題の推進にとって,非常に有益な結果であった。さらに,XRD,FT-IRによる骨アパタイトの結晶化度解析法の確立も計画通りに進み,研究は順調に進展したと言える。その一方,(1)骨から二次生成炭酸塩・吸着炭素等を除去するための酢酸処理の最適条件の詳細な検討(酢酸の濃度や処理時間を変える等),(2)0.1 mg以下の極微量炭素量での炭素14分析実現のための,最適なグラファイト化条件の検討(試料炭素と触媒鉄の反応比,鉄触媒の種類,ターゲットへの試料の詰め方,等の検討),といった基礎項目の研究が後回しになった感は否めない。来年度は,(1)(2)の基礎研究にも重点を置きつつ,さらに,研究を遂行していきたい。
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今後の研究の推進方策 |
「現在までの達成度」の欄に記した,(1)(2)の検討を早急に進め,手法を確立した上で,年代既知の実試料に対して骨の炭酸ヒドロキシアパタイトの炭素14年代測定を実施していく。また, XRDパターン,FT-IRスペクトルによる骨アパタイトの結晶化度解析に加えてラマン分光スペクトルを用いて,さらに詳細な結晶構造解析を行うことを試みる。実試料としては,(a)人工的に加熱した骨,(b)鎌倉由比ヶ浜地域の遺跡から出土した中世人骨,(c)イランの遺跡から出土した獣骨,を用いる。 (a) 現生骨と石炭や古い年代をもつ木,あるいは古い年代をもつ骨と現生木を,温度・雰囲気(酸化・還元条件,真空など)を変えて加熱し,骨の炭酸ヒドロキシアパタイトに大気や燃焼材に由来する炭素が入り込むか否か,入り込む場合はどのように入り込むか,を明らかにし,骨の炭酸ヒドロキシアパタイトを用いた高確度な炭素14年代測定の可能性・限界を明らかにする。 (b) 鎌倉由比ケ浜地域の遺跡からは,土葬されたと考えられる骨と,死後野ざらしにされ,白骨化した後に埋葬されたと考えられる骨が出土している。両者の骨に対し,炭酸ヒドロキシアパタイトの炭素14年代測定を行う。両者の骨はほぼ同じ年代をもつことがわかっているため,埋葬状態が異なる場合の違いを明らかにすることができると考えられる。 (c) イラン南部のアルセンジャン洞窟遺跡から出土した後期旧石器時代の獣骨は,非常に有機成分の残存状態が悪い上,遺跡周囲の石灰岩が溶解し,骨に吸着・浸透して二次生成した炭酸塩の影響が大きいと考えられる。このような骨から得られる炭酸ヒドロキシアパタイトの炭素14年代値を検証する。 以上の(a)(b)(c)結果から,有機成分が損失しているために,これまで炭素14年代測定が不可能であった骨に対し,骨の炭酸ヒドロキシアパタイトを用いて炭素14年代測定法が有効かどうか,本手法の有効性を明らかにしていく。
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