研究課題/領域番号 |
26560210
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
森島 圭祐 大阪大学, 工学(系)研究科(研究院), 教授 (60359114)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | 細胞 / ミクロ組織 / 非侵襲計測 / 伝熱物性 |
研究実績の概要 |
1細胞・組織レベルの内部情報を非侵襲で観察できる全く新しい発想の計測法として、ミクロ組織の伝熱物性計測手法を考案し、その原理を実証するための基礎的研究に取り組んだ。本考案では、細胞およびミクロ組織に対して高速かつ微量な熱を精密注入し、組織にダメージを与えることのないわずかな温度変化の範囲内で、センサからの熱の散逸傾向から内部状態を観察することを企図している。 提案当初の発想では、熱伝導方程式の厳密解が示す熱の散逸特性(次元の上昇とともに散逸速度が速くなる)を利用するものであったが、数値シミュレーションを実施することによって構想の妥当性を確認できた。またこれらの検討結果から、原理検証機の設計パラメータを具体的に検証することができた。 初年度である26年度の最大のポイントは、原理検証機の構築とこれを利用した必要性能実現可能性の検証であるが、目標としていた1μsの過渡現象に対する0.001Kオーダーでの計測安定性を原理的に実証できた。既存の市販機器では応答速度と温度分解能とは排他的にしか実現できず、本計測手法の原理的優位性を示すことができたと考えている。ロックインアンプを利用するような方法と比較しても、DC的な温度上昇を極小化できることから、細胞への熱ダメージを最低限に抑制することができる。 センサ設計に関する検討については、計測によって得られた電気的なパルス積分信号から、温度変化信号を取り出すアルゴリズムについての基礎検討を行った。従来は回路でアナログ的に相殺していた、温度変化に関係しない加熱用電流に関する信号を、ソフトウェア処理によるディジタル的に実施できる方法を考案した。これにより、回路からセンサに至る経路から余分なインピーダンス成分を排除することが可能となり、回路の持つ高速性能を最大限に活用することが可能となる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の斬新性は、細胞・ミクロ組織の観察を行うプローブとして熱を利用することにより、従来直接観察が困難だった内部状態変化を、非侵襲的に計測する視点である。本構想を実現するには、いくつかの課題をクリアする必要がある。 熱の散逸が、ミクロ・ナノ階層においても伝熱的及び物質輸送付帯的に進行することは、分子動力学シミュレーションなどでも研究されており、当該発想が理論上機能することには一定の正当性が認められていた。また2013年には世界で初めて細胞の生死によって熱伝導率に変化がみられるらしいとの報告が上がっており、細胞内部での伝熱物性が可計測なオーダーで変化していることが示されていた。 これら2点の既存研究の知見を背景にして、本研究が掲げた「熱をプローブにした非侵襲計測」を実現するための最大の論点は、十分な計測分解能を実現できるかという点にあり、それは時間分解能(1μs)と温度分解能(0.001K)の同時実現に集約されていた。26年度の研究実績において、この数値目標をクリアできる目途が立てられたことは、本研究が順調に進展していることを明快に示せていると言える。当初の計画通り、パルス発生器など計測回路の各部に、汎用機器の性能をはるかに上回る仕様の専用回路を実現できたことと、当初は想定していなかった信号ひずみへの対応ができた点が、目標達成に目途をつけられた理由である。 またディジタル信号処理で温度変化信号を抽出できる手法が考案できたのは、計画外の成果である。当初の想定以上に回路インピーダンスによる影響が大きいことが明らかとなり、従来法で相殺のために採用されるブリッジ回路を削減できる目途が立った。 以上、本提案実現に関して当初より想定していた根本的課題の解決に目途が立った点、新たに確認されたハードルも順次クリアする方策が見いだせた点をもってして、順調に進展していると判断する。
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今後の研究の推進方策 |
平成27年度は、前年度に構築することができた原理検証機を用いて、計測法として一貫したシステムに完成させていく。原理的に検証できた数値(分解能)に対して、実際の計測性能(不確かさ)としての目標実現を目指す。 生体試料観察については、細胞及びミクロ組織における内部構造変化検出に集中して取り組む。培養細胞が足場タンパクを発生させ、シャーレ内でconfluentになり、シート状組織へと成長していく過程を計測することを目指す。従来は蛍光染色と顕微鏡観察を組み合わせることによる、紙芝居的な説明に終始していた状態観察を、定量性の高いモニタリング法に置き換えていくことを目指す。来るべき組織・臓器ファクトリー時代では、不良率を最小化するために、非侵襲・全数モニタリングが必須であると考えており、そのような現場で利用できるツールとして完成させていくための基礎を確立することを目指す。 本研究における目的は、細胞及びミクロ生体組織内部の状態観察であるが、極小温度変化による伝熱物性の計測は、無生物的な材料における物性値計測法としても極めて有意義であると考えられる。特に熱的に不安定な材料、たとえばタンパク質結晶や相変化点近傍にある材料など、従来計測できていなかった対象への展開も期待できる。本手法により得られた物性値が、絶対値として従来法と比肩できるものであることを実証することがポイントになると考えている。
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次年度使用額が生じた理由 |
少額なので影響は全くないと考え、手続き上、繰越を行った。
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次年度使用額の使用計画 |
特に変更はない
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