リプログラミング現象の発見は、移植用臓器を大量に製造するという夢にリアリティを与えた反面、その厳密な品質管理という緊急の課題を突き付けた。細胞から個体までの複数階層内で営まれている生命活動の全貌がいまだ解明されていない中で応用が先行してしまう現状に対し、本研究では、熱を観察用のプローブとして利用し、細胞や組織内での生命活動の観察を行うという全く新しい方法論に挑戦した。 熱はすべての物質内に侵入して内部の物性に応じて散逸し、静的凝縮系ではその様子を容易に定式化することができる。一方細胞内は動的環境であることが知られており、このことが熱の拡散を変化させることが期待される。しかし細胞は高温に弱く、プローブとして利用できる熱量は細胞の高温死を誘発しないごく微量に抑える必要があった。本研究では極微熱量を迅速に試料に注入し、それに応じて発生する高速温度応答を精密に計測する新規の方法を考案し、原理検証から実際の試作システム構築まで行い、10μsという極めて短いパルス加熱に対して数時間の短期間でΔ5ppmの計測安定性を確認できた。これは1mKを下回る分解能の可能性を示している。10日間の長期でもΔ50ppm以内であり、細胞培養期間に相当する長期のモニタリングへの適用も視野に入る。また当該手法で熱物性の異なる物質の判別が可能であることも実証できた。 マウス繊維芽細胞3T3をモデルとした温度刺激評価についても着手した。至適温度に対しΔ8K程度の温度上昇では数分でも致死的であることは常識的に知られていたが、Δ3Kでは1日で致死的、Δ1Kでは2日培養後も影響は見られなかった。本手法がΔ1K・1μsという領域での計測を可能としたことは、本手法の低侵襲性を傍証できたものと判断できる。
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