研究課題/領域番号 |
26560224
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研究機関 | 帝京大学 |
研究代表者 |
早川 友恵 帝京大学, 文学部, 教授 (60238087)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | 視覚障害 / シミュレーション / 認知的不利益 / 求心性視野狭窄 / 中心暗点 |
研究実績の概要 |
視覚障害は、情報入手の困難性により社会活動からの離脱を余儀なくされ、障害による社会的損失は毎年約4兆円にのぼると云われている。原因の多くは、視野障害が必発する後天性眼疾患であり、典型例では対照的な視野障害すなわち求心性視野狭窄または中心暗点が現れる。残存視野が狭い場合、両者は異なる認知方略が必要になる。求心性視野狭窄は部分情報を積み上げるボトムアップ型の視覚認知が、中心暗点は周辺情報により暗点が補完されるトップダウン型の視覚認知が期待される。本研究では、異なる認知方略が想定される上記の視野障害が、日常生活において必要とされる視覚作業(物体認識、視覚探索、シーンの理解)でどのような認知的損失をもたらすか、その特徴を明らかにしてきた。 実際の臨床例では、等質の視野障害を集めることは極めて困難である。また、発症年齢や発症からの視的学習の程度にも個体差がある。そこで、本研究では視野障害シミュレーターを用い、健常者で求心性視野狭窄および中心暗点のシミュレーションを行った。シミュレーターは、視線計測カメラで収集した視線位置に同期して人口視野を動かす方式で、併せて以下3点を可能にした。①任意の形状・面積・感度の視野(求心性視野狭窄および中心暗点等)が再現できる。②任意の背景画像とターゲットを利用できる。③任意の刺激呈示時間およびターゲット挿入時間を設定できる。なお、視線計測部分(EMR9, ナックイメージテクノロジー)は、研究代表者の所属する帝京大学の装置を利用した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究目的を達成できるレベルのシミュレーターを完成させ、中心暗点(視野2.5, 5, 20度以内の遮蔽)および求心性視野狭窄(視野2.5, 5, 20度度以上を遮蔽)のシミュレーションを実施した。3種類の視覚課題(物体認識、視覚探索、シーンの理解)を用意し、課題達成時間と正答率を評価した。シーンの理解の課題は、最も日常視に近い課題として用意し、刺激には写真を使用した。シーンを理解した時刻を課題達成時間とするとともに、異なる実験参加者群が75%以上の再現率で検出した要素を正答として、正答率を計算した。またこの課題では、刺激の物理的情報量とヒトの視知覚との関係を明らかにするため、輝度・色・方位からなる顕著性の分布を計算し(Itti & Koch,2001)、収集した物理的情報量と課題達成時間の関係を分析した。 求心性視野狭窄(n=19)および中心暗点(n=18)のシミュレーションを行った。求心性視野狭窄の課題達成時間・正答率は、狭窄が強いほど成績が悪く、中でもシーンの理解の成績が悪かった。情報量の累積と課題達成時間が一致する傾向は、求心性視野狭窄の情報収集が部分情報を積み上げるボトムアップ型であることを支持している。求心性視野狭窄の認知的不利益の特徴は、物体認識の問題ではなく、文脈にそった情報探索ができないことであることが分かった。中心暗点の成績は、暗点が大きいほど有意に悪化し、課題の差も見られた。しかしながら、シーンの理解では暗点が小さくても課題達成時間が短くならなかった。中心暗点では周辺情報により小さな暗点が補完されるトップダウン型視覚認知が期待されたが、周辺視野から得られる物理的情報量の多さは視覚認知に直結せず、周辺視野の情報が有効利用できないことが分かった。 平成26年度の研究成果の一部は、第3回日本視野学会学術集会および日本心理学会第79回大会にて報告した。
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今後の研究の推進方策 |
初年度に実施した中心暗点のシミュレーションでは、中心暗点が小さく周辺視野が十分残存していても、周辺視野の情報は有効利用できず、周辺視野から得られる物理的な情報量の多さが視覚認知につながらないことを明らかにした。ヒトの随意性視線移動は、最も空間分解能の高い網膜中心窩で視覚対象をとらえる行動とも云え、その脳内過程の多くは、視覚注意シフトの脳内過程と一致している。日常視において“見る”ことは、中心窩と視覚注意を同時に視覚対象に向けることであり、その過程は自動化されていて意識することはない。本研究で実施した中心暗点のシミュレーションは、中心窩付近が視覚認知に利用できない状態を人工的に作っているが、中心窩付近への注意集中を速やかに分離することは容易ではない。中心暗点等により、中心窩がその主視方向を維持しながら中心窩以外の相対的に感度の高い網膜部位で見ることを偏心視と云うが、中心暗点が発生しても偏心視が速やかに体得できない臨床例が極めて多い事実は、中心視が網膜感度以外のもので調整されていることを裏付けている。そこで、平成27年度は中心暗点のシミュレーションに周辺視野への注意分配する学習実験を加え、周辺視野の情報が視覚認知につなげる視覚方略を突き止める。 視野狭窄の認知的不利益の合理的説明をめざすに際し、臨床例では等質の視野障害例を集めることは極めて困難であるため、本研究では健常人によるシミュレーションを行っている。上記の視覚学習実験終了後は、実際の視覚障害でシミュレーション結果を確認する予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
本研究応募時に予定していた装置の価格に対して、周辺機器および実行プログラムの価格に差異が生じ、平成26年度は本格的なシステムが完成するまで既存の機器を工夫・改良して、シミュレーションを実施した。仮装置でのシミュレーションが終了し、本研究の実施に不測の点は発見されなかったので、平成27年度には、本研究に特化したシステムを構築するために、PC(含む増設ボード)および刺激作成・呈示機器等、最適な機器の選定を行っている。
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次年度使用額の使用計画 |
本研究に特化したシステムを構築するための、PC(含む増設ボード)および刺激作成・呈示機器等の購入を予定している。また、刺激の評価(刺激の顕著性の分布計算)および制限視野内の顕著性の値を逐次計算するために必要なプログラムも購入しなければならない。さらに、実験参加者・視野障害者の視力・視野等の評価をおこなう必要性が生じているため、眼科検査機器として安定した装置を選択して購入する予定である。 その他、実験参加者謝金、実験助手謝金、研究報告および論文化のための経費を当初計画と同様に支出予定である。
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