本研究課題は,モルフィング曖昧恐怖顔刺激に対する健常成人の脳活動を128ch高密度脳波計と306ch脳磁図により解析し,その神経基盤を研究することを目的として実施した.前年度までの研究実績として,顔特異的な脳波の事象関連電位であるN170成分のサブリミナル・プライミング効果の性差を明らかにした.この結果は扁桃体を中心とする皮質下情動経路における情動情報処理の性差を示唆しており,社会的コミュニケーション障害を呈する自閉症スペクトラム障害(ASD)ではより特異的な反応を示すと考え,申請期間を1年間延長し,同一の実験条件でASD被験者を対象とした実験を計画した. 当初,心療内科クリニックの協力のもとASD被験者・健常コントール各3名で実験を計画したが,成人ASD被験者のリクルートに難渋し,最終的にASD被験者1名(男性,22歳),健常コントロール3名(男性3名,平均年齢28.3±6.3歳)のデータを得た.今回は男性被験者のみだったため性差の検討はできなかったが,すべての標的顔刺激において識閾下恐怖顔刺激顔条件時に,刺激呈示後約100msで出現する後頭葉視覚野のP1成分の振幅の増加を認めた.また表情弁別に鋭敏とされる刺激呈示後約300~800 msに出現する後頭・側頭葉の後期成分(LPP) の平均振幅は,識閾下顔刺激の種類に関わらず識閾上標的刺激が曖昧顔の時に大きくなる傾向が認められた.一方,ASD被験者の識閾下顔刺激に対する視覚誘発反応は中立顔・恐怖顔とも健常コントロールに比して相対的に小さく,標的顔刺激に対する反応についてもP1,N170とも相対的な潜時の遅延を認めた.これらの結果から,成人ASDでは扁桃体を含む皮質下情動経路における意識上で知覚できない顔表情処理が健常成人とは異なっており,結果としてその後の意識的に知覚できる顔処理に影響することが示唆された.
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