脳の損傷例を対象にした神経心理学研究や、脳の一部を可逆的・不可逆的に障害した実験動物の行動解析は、脳の機能を知るための最も基本的かつ重要な研究手法である。しかし、臨床的にみられる比較的広範な障害を脳深部に作成することは技術的に困難である。本研究では、がんの治療に用いられているX線定位照射装置を利用して、ヒトと相同の脳をもつマカクザルの脳の特定部位に破壊巣を作成することを試みた。 平成27年度にこれまでに照射を行った個体のデータの一部についてまとめた論文を発表した。同年に施設の増改築工事があり、新たな照射を行うことができなかったため、先の論文の査読過程で解析の不備を指摘された病理所見について追加的な検討を行った。また、脳の局所障害の評価に用いるための行動課題の開発と硬膜外電極の埋設を行った。行動課題としては、同期的眼球運動や新しい小脳学習パラダイムなどを開発し、一部は学会等で発表した。また、サルとヒトの頭皮上から逸脱刺激に対する誘発電位を記録することに成功した。これらは皮質下の障害によって変化することが期待され、その評価に用いることができる。 最終年度の平成28年度は、これまでに開発を進めた行動課題と硬膜外電極を用いた実験を行うとともに、X線照射による障害モデルとの比較のため、化学遺伝学の手法をサルに適用するための技術開発を行った。共同研究を通じ、小脳外側にプルキンエ細胞特異的なL7プロモータ下にhM4受容体を発現するAAVベクターを注入し、CNO投与による影響を探った。その結果、行動上は非特異的な変化しか認められなかったが、その後の免疫組織学的検索により、4種類試行したうち、今後の研究で利用できそうなコンストラクトを特定できた。また、硬膜外電極を用いて安定してERP記録ができるようになり、これらを組み合わせた研究を今後進めることができる。
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