チベットには7世紀頃に仏教が伝来し、13世紀のインド仏教衰滅後も独自の発展を遂げてきた。チベットには仏教伝来以前よりボン教という土着宗教が存在していたが、このボン教は、仏教伝来以降、多くの仏教思想を自らの教義に取り込んでいったとされる。 本研究課題では、ボン教という宗教が、仏教という他宗教の思想をどのように受容してきたのか、またそこにいかなる類似性と相違性が存在するのか、他宗教の思想受容の過程とその意義について理解を深めることを目標に、チベット古典宗教哲学文献を実際に精読・分析してきた。 初年度となる平成26年度には、14世紀のボン教徒Tre ston rGyal mtshan dpalの作成した宗義書Bon sgo gsal byedの、アビダルマ認識論に関する箇所を精読し、仏教のアビダルマ認識論と比較考察することで、ボン教の「こころ観」の特徴を探り出した。その後、ボン教アビダルマの根本テキストであるSrid pa’i mdzod phugの11章(十二処)の全文を精読した。加えて、10章(五蘊)のうち、色蘊、受蘊、想蘊の節を精読した。 その結果、ボン教の五蘊説および十二処が、ヴァスバンドゥ著『倶舎論』や『五蘊論』、およびアサンガ著『大乗阿毘達磨集論』など、仏教思想から大きな影響を受けていることが判明した。その中でも、五蘊に関しては、特にヴァスバンドゥの『五蘊論』からの影響が強いことが判明した。研究成果のうち、想蘊について仏教想蘊論との比較考察結果を「The Bonpo Abhidharma Theory of Perception (Sanjna)」という英文論文として公表した。
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