平成29年度は前年度の計画に基づき、 (A)「手応え」に着目した文明批判の理論研究と、(B) 20世紀後半の日英における手工芸のあり方についての調査という、二つの方針に基づいて研究を進めた。 (A)については前年度に続き、柳宗悦と大島清次の思想研究を行いながら、最近の「手」の文化や触覚に関する研究、そして現在進行中の情報技術革命についての研究を参照し、「手仕事」という言説の今日的な意義やあり方について考察した。 (B)については、「対抗産業革命」という思想の事例として、前年度に引き続き日本の民藝運動を中心に、20世紀の工芸の在り方について考察した。具体的には鳥取県の民藝運動、愛媛県の砥部焼について調査した。
情報通信技術の発達は人々の自然観、さらには人という存在のあり方に影響を及ぼしている。イタリアの思想家ルチアーノ・フロリディは情報基盤によって覆われるようになった人の生存環境を「情報圏(インフォスフィア)」と呼ぶ。この環境においては生物・非生物はともに情報として存在するという。これを柳宗悦の言葉で言い換えれば、対象を「こと」として認識・操作する傾向がこれまで以上に偏重され、「もの」として認識することの重要性がますます等閑視されることになる。この傾向は、大島清次の議論に従うと、「公」の領域の肥大化と、それによる「私」という意識の領分への抑圧をもたらすことになる。 このような見地にたつとき、「情報圏(インフォスフィア)」において「もの」認識や「私」の領分を擁護するための手段や契機として、「手応え」という摩擦・抵抗感を設定することには、一定の意義が認められると思われる。
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