青森県・山形県・宮城県・福島県での文献調査や聞き取り調査、及びその後の資料分析によって、以下の知見を得た。 ① 青森県では方言が反映している版本を新規に確認することはできなかったが、方言の反映が見られる版本として新たに、仙台市民図書館蔵の嘉永元年版『雲気考』と酒田市光丘文庫蔵の天保15年以前刊『孝行和讃』を見いだした。これにより、本文の冒頭1丁目の段階で方言の反映が見られる東北の近世版本は、最終的に31本を数えることとなった。 ② ①の31本に見える東北方言の反映は、専ら、連母音の音訛、語頭以外のカ・タ行の濁音化であった。天保4年刊の佐々城朴安『救荒略』のように方言語彙(同書の場合は植物語彙)が多出する文献は少ない。 ③ 福島県三島町の五十嵐富安による農書・教訓書の刊行は、農民の手になる事業としては一大壮挙というにふさわしいが、最初の刊行本である『農喩』に見られる方言の反映が専ら、語頭以外のカ・タ行の濁音化であるのに対して、以降の『子孫繁昌手引草』等においては連母音の音訛が専らであることが明らかとなった。同一地の同一人の発起による版本に見られるこの相違は、方言反映の意図性の有無を検討する際の一材料になるものと思われる。 ④ 産科書の一本である嘉永3年序 渋江太亮(山形)『産家教草』に方言の反映が存することを足がかりに、九州の同類書である弘化2年刊 横地見碩(博多)『安産手引草』を確認したところ、産前産後の食品の適否を記す箇所に挙げられる動植物名に方言の反映が見られることが明らかとなった。通俗医書中の方言の反映については、全国的な調査を行う価値があるものと見られる。 なお、文献の調査範囲が地域的にも分野的にも予想外に広範に及び、版本の種類、編纂刊行者の事績のいずれに関しても、調査の度ごとに新規の情報が得られるという状況が重なったため、論文による成果の公開が極めて遅れている。
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