本研究は、島嶼社会が外部世界への依存の拡大と伝統的な地域共同体の弱体化に伴う歯止めのない人口流出に直面しながら、地域の消滅という極限的事態を何とか回避しようとするとき、どのような選択が求められることになるのかを解明しようとするものである。本年度は、鹿児島県の奄美大島と東京都の八丈島において現地調査を行った。 近年日本では地域社会の消滅が喧伝され、官民挙げて地域振興に躍起であるが、多く島嶼社会ではもはや何らかの打開策を打ち出すというレベルとは明らかに区別すべき地点にいる。島民たちにとって「島で暮らし続ける」ということそれ自体が明確に現実的な課題として自覚されるようになっていて、日々の具体的課題への取り組みを行いながら、そのときの選択が自らの生存を確保しようとするものでありつつ、同時に、地域社会の存続を確保するものにもなっているかを繰り返し考えてしまうものになっているのである。 ただし、そのことは彼らが地域社会の存続のための対策を具体的に考えたりコミュニケーションしたりしているというのではなく、そのような課題にかかわる思考やコミュニケーションを駆動する手がかりになる彼らどうしの身体的共存・共感や集団的記憶などに対する鋭敏な準備状態のもとにあるということを示しているに過ぎない。彼らは仲間とともにその課題を自分自身の問題として主体的に考えたりコミュニケーションしたりするつもりなのである。 たとえば、八丈島における「流人の島」という歴史的記憶は、八丈町の公共的なパンフレットには決して大きく取り上げられることがなく、島民個人にとっても外部の人間に進んで話す話題だとは思えないが、八丈島への流人の第1号とされる宇喜田秀家が作った岡山城の築城400年祭に、島の芸能を演じる一団が大挙して岡山まで出向いていた。この事実も、実は、このような背景があってのことなのだと考えられるのである。
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