2017年3月末、震災7年目に放射能レベルの依然高い長泥地区などを除き大半が避難解除された。多くの避難村民は家族の形態に応じて相馬市、南相馬市、福島市など近隣に土地と家を求め元の土地を見守ろうとするいわば通い農家が帰村の実態だ。また、次世代の土地に対する愛着の薄れとともに農業の復興は困難で、もはや限界集落へと変容する可能性は高い。そんな共通予測の中で若者たちは未来の飯舘村のあり様について文化継承(例えば、馬追などの神事)を緒に激しく模索し始めているるなど、彼らの復興に古来からの実態としての文化がネットワークを介してブリコラージュ的原動力の一つになっている。
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