2016年度は、タイでの軍事クーデターと軍事予算の関係について分析を行った。クーデターは、軍事力などの非合法的な手段により政治の実権を奪う、民主主義的手続きからは逸脱した行為である。これは極めて政治的な行動ではあるが、同時に、クーデター成功後の経済政策を通じて国民経済にも多大な影響を及ぼす。 タイでは民主主義への移行後もクーデターが繰り返し行われているが、この不幸な歴史は逆に実証研究の機会を提供していることにもなる。1948年から2014年までのサンプル期間内に15回のクーデターが試みられ、軍人を中心とした政権樹立、憲法の停止などの形でそのうち9回が成功した。 軍事予算と政府予算総額双方の増加・減少率に関する回帰分析により、クーデター後には予算全体の変化により説明される程度を超えて、軍事予算が9~23%増加することが確認された。そして、この影響はクーデター直後の年度に限定され、クーデター後2年目および3年目の予算には影響は見られない。また、陸海空の三軍間での予算配分においては、陸軍への予算配分の上昇に繋がる変化がクーデター後に起きることが平均の差に関するt検定により確認される。三軍におけるその支配的な立場から、陸軍の参加無しにはクーデターの成功は見込まれない。クーデター後の予算配分決定の検証結果は、三軍の中で陸軍の発言力が強いと考えられることと整合的である。 タイ国軍がクーデターを実行する際には政治家による汚職の一掃、王室の護持、国家の安定などの理由を挙げることが多い。しかし、タイ政府予算分析結果からは、実際には軍へのより大きな予算配分を求めるという動機がクーデターの背後に潜んでいる可能性も否定できないという結論を得た。
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